ファザル・アベドBRAC創設者兼会長――貧困撲滅は市民の義務。政府だけの仕事ではない(1) – 09/02/22 | 21:00
バングラデシュの貧困撲滅活動といえば、貧しい人々への少額融資(マイクロファイナンス)を行うグラミン銀行がよく知られているが、これと並ぶ存在がBRAC(バングラデシュ農村向上委員会)である。世界最大の非政府組織(NGO)としてマイクロファイナンスのみならず、医療、教育、職業訓練などさまざまな貧困者支援を行っている。BRACを創設したファザル・アベド氏に現在の活動内容や今後の課題について聞いた。
――金融、医療、教育などBRACの活動範囲は幅広いですね。
BRACはバングラデシュの貧困をなくすことを目的として1973年に設立された。現在では国際的に活動の場を広げており、アフガニスタン、パキスタン、スリランカ、さらにアフリカの5カ国(タンザニア、ウガンダ、スーダン、リベリア、シエラレオーネ)でも展開している。
貧困問題が存在し続けるかぎり、BRACの存在意義もある。ここで言う貧困とは、単に所得や雇用の問題ではない。読み書きの能力、あるいは公衆衛生や栄養状態の改善といった総合的な問題だ。BRACの最終的な目標は、できるかぎり多くの分野において貧困撲滅のための支援を行っていくことだ。
2008年の予算は6億ドル。その7割程度は自立財源によるもので、われわれの営んでいるビジネスからの収入で賄っている。また、1億5200万ドルがドナー(拠出者)から拠出されている。最大級の拠出をしているのがイギリス政府ならびにオランダ政府。さらにはカナダ政府、ノルウェー政府、そしてスウェーデン政府からも拠出をしてもらっている。ユニセフ、ゲイツ財団、ロックフェラー財団などもドナーとして拠出してもらっている。
さらにマイクロファイナンス向けの資金が約2億ドルあり、この資金はシティバンク、HSBCといった銀行から借りている。
――自立財源を維持するため、どんなビジネスを行っていますか。
まず銀行業が挙げられる。BRAC銀行は中小企業向けの融資を手掛けている。バングラデシュでは民間の銀行としては第5位にランクされる。その利益分がBRACの予算に回されている。
バングラデシュ最大の手工芸品店のチェーンも経営している。さらに養鶏業も営んでいるし、飼料、ハイブリッド種子、ヨード塩などの生産も行っている。出版、印刷などのビジネスもある。さらには、BRACネットというインターネット・サービス・プロバイダや、小規模だがソフトウエアの会社も持っている。
――ビジネスを行う基準は?
貧しい人々の暮らしが向上する、あるいは収入の増加に結びつくようなビジネスかどうかだ。たとえば銀行業務に進出した理由は、中小企業に対する財政的な支援をやりたいと思ったから。大企業はどんどんリストラをしており、新たな雇用を生み出しているのは中小企業だからだ。中小企業への融資が事業規模拡大の助けになれば、貧困者のための雇用創出に結びつく。またインターネットビジネスについては、バングラデシュのすべての学校にネットを通じて教材などを提供できるようしたいという考えから始めた。
――金融危機の影響は?
われわれの活動には大きな影響は与えないだろうと見ている。これまでのところ、バングラデシュにおいては金融危機の影響というのはまだそれほど出ていない。輸出についても大きなダメージは受けていない。もともとバングラデシュの輸出の多くは低付加価値品であり、アメリカでも安価な衣料品などについては需要はそれほど下がっていないからだ。したがって、今回の不況を十分乗り切ることができると考えている。
ただし中東からの労働者の本国への送金が、これまでは年間30%ぐらいの伸びで増えていたが、それほどは伸びないのではということはあるかもしれない。
――貧困問題を解消するためには、以前から援助よりも投資が必要だというお話をされています。
私は投資も援助も両方必要だと考えている。投資は雇用や富を創出するために必要である。一方で援助も必要である。たとえば子供たちの教育にしても、第三世界の国々というのは、すべての国民に教育を実施する資金すらない。国際的な援助はどうしても必要なのだ。
ファザル・アベドBRAC創設者兼会長――貧困撲滅は市民の義務。政府だけの仕事ではない(2) – 09/02/22 | 21:00
今後は貧困の基準が変わるかもしれない
――「バングラデシュは2015年までに貧困から脱却する」と発言されています。
どの国においても、完全に貧困から脱却するということはありえない。たとえばアメリカでも、ごく少数の人ではあるが、やはり貧困ライン以下の生活をしている人はいる。日本でも、やはり少数の人々は十分におカネがなく貧困に苦しんでいるということがあるのではないか。したがって、バングラデシュも貧困から完全に抜け出すということはできないと思っている。
では、2015年までに何が起きるか。今現在、バングラデシュでは、いわゆる貧困ライン以下の生活をしている人が国民の40%ぐらいいると言われている。われわれは毎年、その率が2~3%ずつ下がることを目指して活動を行っている。ただ、こうした層がごく少数に限られていくには、あと20年ぐらいはかかるだろう。
もっとも、貧困の水準の定義は今後変わるはずだ。バングラデシュの現在の貧困ラインというのは、家族が十分に食べられないということ、すなわち遺伝子的なポテンシャルを十分発揮できないというラインを指す。これがやがては、子供たちに中等教育を受けさせられないというラインになっていくかもしれない。
――貧困撲滅という本来なら政府がやるべき仕事を、なぜNGOがやるのですか。
貧しい国においては、政府は必ずしも必要な支援ができない。ただ政府だけがそのような責任を負っているわけではない。市民にも貧しい人を支援する義務があるはずだ。政府やNGO、そして企業の全員が協調して、国全体として引っ張っていくということが究極的に貧困から脱却させていく道なのだ。
バングラデシュでは国民の半分が非識字者だ。だからこそ、われわれのような組織が教育という面にもやはり手を染めなければならない。そうすれば、やがては国民全員が国づくりに参加できるようになる。
政府ならば税金を取って、それだけで資金を集めることができるが、われわれにそんなことは不可能だ。つねに努力をし、正しい行いをすることによって結果を出すしかない。そうでないと、誰も支援してくれない。ドナーも資金を出してくれない。
――日本政府がBRACに対してできることは。
日本政府にはバングラデシュに相当な無償援助をしてもらっている。そのおかげで国の経済も潤っている。ただ日本政府について一つ言えることは、援助については政府のみを対象としているということだ。われわれのようなNGOに直接供与されることはない。ところが、一部のヨーロッパの国の政府は、開発援助については政府とNGOと両方に供与をしている。開発援助については、どのようなルートを通じたとしても必要な人々に届いていればそれで結構だ、というのがそういった政府の考え方である。BRACは日本政府から直接に寄付金は受けていないが、私は、それには不満を言うつもりはない。日本政府は非常に寛大にバングラデシュを助けてくださっている。政府がそのおカネを効果的に使ってくれるかぎり問題はない。
――日本でも新たな貧困層が増えています。貧富の格差が生じるのは資本主義の宿命なのか、それとも政府の施策の失敗の結果でしょうか。
資本主義というのは、ある程度規制されるべきだと私は考えている。無規制な資本主義にはいろいろな問題が発生しているからだ。資本主義は富の創出という点ではいいと思うが、同時に、社会目的のためには一定の規制も課さなければならない。そうでないと、さまざまな格差や不均衡を生み出すからだ。各国政府は、資本主義というものをいろいろな形で利用しているが、賢明な政府ほど格差を生まないような施策を打っていると思う。
【アベド氏とBRAC】
ファザル・アベド氏は1936年バングラデシュ生まれ。ダッカ大学および英グラスゴー大学卒業。シェル石油で経理部長を務めた後、バングラデシュの独立運動に参画。1973年に貧困廃絶、教育向上、医療サービスなどに取り組むBRAC(バングラデシュ農村向上委員会)を設立した。BRACは世界最大のNGO(非政府組織)として11万人のスタッフを抱え、国内3800カ所に拠点を持つ。6億ドルに及ぶ予算の7割は自主財源であり、BRACが手掛ける事業からの収益で賄っている。現在では活動範囲をアフガニスタン、スリランカ、パキスタン、タンザニア、ウガンダ、スーダン(南部)、リベリア、シエラレオーネに拡大している。
(鈴木雅幸、大坂直樹 撮影:梅谷秀司 =週刊東洋経済)
(http://www.toyokeizai.net/business/interview/detail/AC/f142693dd06c04614793cb2ec2cbdab0/page/1/)