I am the vine; you are the branches

Shota Maehara's Blog

Archive for 2011年8月

アドルノ・ホルクハイマー『啓蒙の弁証法』に関するノート(2010年)

Posted by Shota Maehara : 8月 30, 2011

アドルノ・ホルクハイマー『啓蒙の弁証法』に関するノート(2010年)

合理論と経験論の間で一方から他方へと批判するのがトランスクリティークならば、アドルノは合理論(イデア論)の仮借ない批判者で、後のハーバーマスは、その合理論を経験論(コミュニケーション論)で超えられると思ってしまった。しかし、それはカントの「倫理」(理性の自律)や永遠の「自己啓蒙」という理性のとらえ方を超えていない。つまり、フロイトの「超自我」をも超えるものではない。

感情に対して理性の優位を説く合理主義者は、結局、理性に対して無意識の優位を説くロマン主義者の二元的な回路の中にあり、まして理性の名のもとに他を抑圧する傾向がある。それはまるでメビウスの輪のように、「文明」は「野蛮」に反転するものとなる。

それを防ぐ唯一の手立ては、理性の働きを上から抑制する「超自我」(トラウマ的もしくは身体的な過去の失敗の記憶)であり、いいかえればそれは啓蒙主義に対しても徹底して啓蒙的たろうとする「理性」の働きに他ならない。

啓蒙主義以後、現代は感情が生み出す未開人の対立・抗争ではなく、理性自身が生み出す超越論的仮象、すなわちネーション(ナショナリズム)や宗教の戦争にどう対処すべきかを迫られている。それは、かつての感性による対立などよりも、はるかに野蛮で残忍なものとなる恐れがある。ファシズム、広島・長崎への原爆投下などのように。

【注記】

啓蒙主義-市民社会-自由主義の限界を指摘し、その限界を乗り越えさせてゆくことは可能であろうか。

Posted in 古典研究, 哲学 | Leave a Comment »

柄谷行人「超自我と文化=文明化の問題」

Posted by Shota Maehara : 8月 30, 2011

超自我と文化=文明化の問題

フロイトは第一次大戦後の一九二〇年に『快感原則の彼岸』を書き、そこで「死の欲動」という概念を提示した。その後、一九二三年に「自我とエス」という論文で、超自我という概念を提示した。これに該当する概念は以前からあった。『夢判断』(一九〇〇年)でいえば、夢の「検閲官」である。それは、親を通して子供に内面化される社会的な規範のようなものであった。しかし、「自我とエス」という論文で明確にされた「超自我」は、それとは異質である。検閲官が他律的であるのに対して、超自我はいわば自律的、自己規制的なのである。

こうした自律的能動性は、『快感原則の彼岸』では、外出した母親に置き去りにされた幼児が母親の不在という苦痛を反復的に再現して遊びに変えてしまう例においても示されている。この例はすでに自律的な超自我の働きを暗示するものだ。しかし、超自我のこうした性質は何よりも、「ユーモア」という論文(一九二八年)において端的に示されている。フロイトによれば、ユーモアとは、超自我が苦境におかれた無力な自我に「そんなことは何でもないよ」と励ますものなのである。

「文化と文明」というドイツ的区別を斥けたフロイトにならって、私は文化=文明化とみなすが、「検閲官」とは、文化=文明化の抑圧的な機能を意味している。しかるに、フロイトが「超自我」と呼ぶものは、文化=文明化の効果を肯定的に見るものだ。それは欲動を自己規制する能力なのである。フロイトはそのような見方を「文化への不満」(一九三〇年)において示した。一九二〇代から三〇年代にかけて、文明の抑圧に抗して、自然に帰れ、生命に帰れという風潮があった。それはドイツではワイマール体制の否定を意味し、事実、それがナチズムの支配に帰結したことはいうまでもない。それに対して、フロイトは、文明が抑圧であることを認めつつ、しかも、そのような抑圧が不可欠である所以を説いた。このとき、彼は超自我に肯定的な意味を与えたのである。

このように、「快感原則の彼岸」以後のフロイトの考えは、初期のものとはまるで異なるようにみえる。しかし、よく考えて見ると、それは前期の考えを根本的に逆転したとはいえない。というのは、フロイト的な精神分析が出現したときにも大きな逆転があり、それはあとで述べるように、「快感原則の彼岸」における逆転と同じ方向に向かっているものだったからである。

最初の逆転は、『ヒステリー研究』(一八九五年)で、ヒステリーの原因を性的外傷――つまり、大人側の誘惑による――に見出していたフロイトが、一八九七年に、そのような考えを否定したときに起こっている。新たな見方によれば、患者が記憶している外傷的体験は、患者が事後的に作り出したフィクションである。そのような記憶が隠蔽するのは、子供時代に自らが欲望を実現しようと能動的にふるまったという過去である。

いうまでもなく、フロイトがエディプス・コンプレクスという概念を提起したのはこのときである。同時に、彼は性的欲動(リビドー)という概念を提起した。これは人間がリビドーに従属するということを意味するものではない。その逆である。フロイトは、子供は意識的主体(自己)ではないが欲動の主体として能動的であるということを強調するためにこそ、リビドーという考えをもちこんだのである。つまり、それは意識的な主体がない次元に、人間の主体性を見出すためであったといえる。

「死の欲動」という概念が導入されたのも、同様の理由からである。その意味で、これは、前期の考えの逆転というよりも、それを拡張したものであると見なすことができる。実際、フロイトは「死の欲動」といい始めてから、性的リビドーを「生の欲動」と言い換えている。したがって、「欲動」という概念は、意識的でない次元の能動的主体性を保証するものとして提起されたのである。たとえば、ユーモアにおける超自我は、自発的・能動的に働くのであるが、意識的なものではない。もし意識的なものであれば、それはユーモアではなく、イロニーや負け惜しみになってしまうだろう。

こう考えると、次のことが明らかとなる。超自我は「死の欲動」という概念の結果として考えられたのではない。逆に、欲動を自己規制するような自律的な超自我を説明するためにこそ、フロイトは「死の欲動」を想定したのだ。それによって、攻撃性は「死の欲動」の一部であると考えられる。そして、攻撃性を抑えるのは(内に向けられた)攻撃性である。そうだとすれば、攻撃性を抑制することは不可能ではない。そして、それが文化=文明化にほかならない。一言でいえば、文化=文明化とは、攻撃性を自己抑制するような社会的装置である。

ところで、このような文化=文明化の過程に関しては、ノルベルト・エリアスの考察が示唆的である。彼はフロイトの影響を受けたというが、フロイトとは違って、文明化がもたらす問題を社会学的な観点から考えたのである。エリアスは、ナチズムが席巻した一九三〇年代に、西ヨーロッパにおける「文明化の過程」を、礼儀作法をふくむさまざまな角度から詳細に考察した(『文明化の過程』)。たとえば、一五・六世紀ぐらいまで、人々は粗暴ですぐに喧嘩し殺しあうことが多かったが、次第に、攻撃的な振る舞いが無くなっていった、と彼はいう。それは、暴力を独占した絶対主義王権国家によって禁じられたからだけでない。攻撃性を自己抑制することが支配階級(貴族)のノーブルな特質であるとみなされたからである。文明化とは攻撃性をたんに規制するだけでなく、それを自己規制できるということに存するのである。

ここから逆にフロイトに戻ってみると、彼が超自我に関して考えたことが、実はそのような問題にかかわっていることが明らかとなる。すなわち、自発的な抑制がどうして可能なのかという問題である。たとえば、親は子供に攻撃性を抑制するようにきびしく暴力的にしつけることができる。しかし、それはしばしば暴力的な人間を育てることになる。逆に、フロイトが述べたように、寛大な親に育てられた子供が強い倫理感(超自我)をもつことがある。彼はそれを「死の欲動」から説明した。

しかし、この場合、寛大な親は子供を強制しなかったとしても、たとえば、自己抑制ができないのは恥ずかしいということを、身をもって子供に示すことによって、超自我を与えたのだといえるだろう。この点で、フロイトが初期の考えを修正して、子供の超自我は親そのものではなく、親の超自我を規範として形成されると述べたことは、さまざまな点で重要である。親が攻撃性を自制するような超自我をもつとき、それは子供に伝わる。また、ここから、超自我が個人だけでなく集団にもありうるということができる。

ただ、攻撃性の抑制は一国の中では可能だとしても、国家間においては難しい。つまり、戦争という問題にかんして、人類はまだまだ文化=文明化の段階に達していないのである。もちろん、第一次大戦後の国際連盟や第二次大戦後の国際連合のような国際機関が育っている。しかし、それでも戦争を廃棄することはできない。フロイトは一九三三年に、どうすれば戦争を廃棄できるかというアインシュタインの問いに答えて、戦争を抑制するためには、各国の主権を制限する国際連邦を形成するだけでなく、人々が戦争行為に嫌悪を感じるような文化(文明化)の過程が不可欠である、と述べた。
 
戦争への拒絶は、単なる知性レベルでの拒否、単なる感情レベルでの拒否ではないと思われるのです。少なくとも平和主義者なら、拒絶反応は体と心の奥底からわき上がってくるはずなのです。戦争への拒絶、それは平和主義者の体と心の奥底にあるものが激しい形で外にあらわれたものなのです。私はこう考えます。このような意識のあり方が戦争の残虐さそのものに劣らぬほど、戦争への嫌悪感を生み出す原因となっている、と。(「ヒトはなぜ戦争をするのかーアインシュタインとフロイトの往復書簡」浅見昇吾訳)
 
戦争は残酷で罪深いという人は多い。しかし、それをいいすぎることはかえって、戦争は快楽だ、戦争はヒロイックだという反撥を招くことになる。戦争を拒絶するのに必要なのは、罪の感情よりも恥の感情、つまり、そんな下品で野蛮なことはしたくない、という嫌悪感なのである。さらに、フロイトはこのような「文化の発展」によって、戦争を廃棄しうるような社会に達することは可能だと述べ、つぎのように締めくくっている。《どのような道を経て、あるいはどのような回り道を経て、戦争が消えていくのか。それを推測することはできません。しかし、今の私たちにもこう言うことは許されていると思うのです。文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて歩み出すことができる!》(同前)。

Posted in 草稿 | Leave a Comment »

パララックス・ヴュー [著]スラヴォイ・ジジェク

Posted by Shota Maehara : 8月 30, 2011

パララックス・ヴュー [著]スラヴォイ・ジジェク[掲載]2010年3月7日
[評者]柄谷行人(評論家)■「視差」戦略的に全面的に再編成

 カントは『純粋理性批判』で、たとえば、「世界には始まりがある」というテーゼと「始まりがない」というアンチテーゼが共に成立することを示した。それはアンチノミー(二律背反)を通してものを考えることである。しかし、カントはそれよりずっと前に、視差を通して物を考えるという方法を提起していた。パララックス(視差)とは、一例をいうと、右眼で見た場合と左眼で見た場合の間に生じる像のギャップである。カントの弁証論が示すのは、テーゼでもアンチテーゼでもない、そのギャップを見るという方法である。実は、そのことを最初に指摘したのは、私である(『トランスクリティーク――カントとマルクス』)。それを読んだジジェクは、本書において、戦略的なキーワードとして、パララックスという語を全面的に使用した。といっても、たんに言葉を取り入れただけである。本書は、その語を使って、彼がすでにこれまで書いてきた事柄を再編成したものだといったほうがよい。彼自身が本書を「代表作」と呼ぶのは、そのためである。

 私がカントのパララックス的把握を重視したのは、それによってヘーゲルによる弁証法的総合を批判するためであった。しかし、ジジェクは、ヘーゲルにおける総合(具体的普遍)にこそ、真にパララックス的な見方がある、したがって、私のヘーゲル観は的外れだ、というのである。それに対して、私は特に、反対しない。私のカントが通常のカントと異なるのと同様に、ジジェクのヘーゲルも通常のヘーゲルではないからだ。ヘーゲルを読んだからといって、彼のような見方が出てくるわけではない。また、彼のような考え方は、必ずしも彼がいうラカンの精神分析から来るものでもない。私の知るかぎり、彼に最も似ているのは、ドストエフスキーである。テーゼとアンチテーゼの両極をたえず目まぐるしく飛びわたる、その思考においてのみならず、その風貌(ふうぼう)、所作、驚異的な多産性において。

 彼は本書で、政治経済から自然科学におよぶ広範な領域に、パララックス・ヴューを見いだした。「光は波動である」と「光は粒子である」という両命題を認める量子力学はいうまでもない。本書で最も興味深いのは、近年急速に発達した、脳科学や認知科学に対する考察である。通常、これに対しては、意識(精神)は脳と異なる次元にあるといった、人文科学的な批判がなされる。しかし、ジジェクはむしろ、脳科学や認知科学の成果を肯定する。その上で、そこにパララックスを見いだすのである。たとえば、「意識」はニューロン的なものと別次元にあるのではなく、ニューロン的なものの行き詰まり(ギャップ)において突然あらわれる、という。こうして、ジジェクは、現象学や精神分析といった人文科学的な観点に立つかわりに、現在の認知科学そのものの中に、ドイツ観念論(カント、フィヒテ、シェリング、ヘーゲル)が蘇生している、と考えるのである。

    ◇

 山本耕一訳/Slavoj Žižek 49年生まれ。哲学者・思想家。スロベニアの大学で哲学を学び、パリ第8大学でラカン派精神分析を学ぶ。最新の邦訳に『大義を忘れるな――革命・テロ・反資本主義』(青土社)。

Posted in 草稿 | Leave a Comment »

カントの超越論的批判―物自体、現象、仮象

Posted by Shota Maehara : 8月 30, 2011

カントは、主観の形式によって構成されるものを「現象」と呼び、たえず主観を触発しつつありながら、主観によってはとらえられないものを「物自体」と呼んでいる。さらにつけ加えるべきなのは、「仮象」である。ここで注意すべきなのは、「現象」と「物自体」は、ドクサ(仮象)とエピステメー(真の認識)という旧来の区別とは異なるということである。たとえば、科学的認識がとらえるのは「現象」である。それは物自体ではないとしても仮象ではない。つまり、大事なのは、「現象」と「仮象」が区別されなければならないということである。カント以前の哲学者は、仮象が感覚にもとづくがゆえに生じる、ゆえに、感覚を越えた理性による認識が真であると考えてきた。カントが画期的なのは、仮象をもたらすのは感覚だけではない、ある種の仮象が理性そのものによって生み出されると考えたところにある。彼の仕事は、そのような理性を批判(吟味)することであった。しかし、それは、人がそのような仮象を容易に取り除けるということを意味するのではない。むしろ、その逆である。たとえば、自分(自己同一性)という考えは仮象である。とはいえ、もし自分というものがないとしたら、人は恐るべき心理状態に陥るだろう。カントはそのような仮象を超越論的仮象と呼んだ。

このように、物自体、現象、仮象という三つの概念は、一組の構造をなしている。つまり、そのどれかを捨てても根本的に意味が失われるのである。もちろん、われわれもこの古くさい「物自体」という言葉を廃棄してもよい。が、これらの構造だけは手放すわけにはいかない。たとえば、精神分析において、ラカンが定立した、「現実的なもの」・「象徴的なもの」・「想像的なもの」という区別は、明瞭にカント的である。このように、物自体、現象、仮象という三つの概念が別の言葉でも言い換えられるということは、それらが超越論的に見出される一つの「構造」であること、カントの言葉でいえば、アーキテクトニック(建築術)であることを意味する。カント自身が、それを隠喩として語った。(柄谷行人「英語版への序文」、一五~一六頁、『隠喩としての建築』所収)

Posted in 草稿, 哲学 | Leave a Comment »

永遠に自己啓蒙する理性の働き

Posted by Shota Maehara : 8月 30, 2011

啓蒙主義しかないという岩井さんの考えに、ぼくは賛成です。たとえば、カントは啓蒙主義者ですが、啓蒙主義にたいしてさえ啓蒙的であって、いわば、その「理性の越権」を批判している。いうなれば、アドルノの「啓蒙の弁証法」を先取りしている。実際いって、「超越論的」ということは、啓蒙主義的です。啓蒙主義の徹底しかない。ディコンストラクションも本当はそうで、デリダはいわば永久啓蒙主義者です。(柄谷行人+岩井克人「貨幣・言語・数」『資本主義を語る』所収)

Posted in アフォリズム, 草稿 | Leave a Comment »

ヘーゲル哲学における反省規定に関するノート

Posted by Shota Maehara : 8月 30, 2011

「……マルクスは貨幣と商品の関係をつぎのようにいっている。

ある人間が王であるのは、ただ他の人間が彼に対して臣下として相対するからである。彼らは、逆に彼が王だから、自分たちが臣下でなければならぬと信じている。(「資本論」)

王(貨幣)は、超越論的なものであるがゆえに王(貨幣)であるかにみえるが、逆にその超越性は諸党派(諸商品)の差異(関係)の消去によって可能なのだ。「価値形態論」における難解な論点は、ボナパルトという一党派が王位につく秘密にすでに示されている。」

 ♦

「彼らは「意識しないが、そう行なう」というとき、実はマルクスはほぼフロイト的な意味で「無意識」について語っている。たとえば、ジャック・ラカンは、無意識は言語と同じように構造化されているといっている。同様に、貨幣形態において消去されてしまう「価値形態」は、マルクスのいうように象形文字なのである。われわれの「意識」には、もはやそれはみえず、その結果だけが映っている。フロイトのいうように、意識するとは音声言語化することだ。われわれが意識するのは、貨幣=音声文字というかたちをとったものだけである。経済学はこの「意識」から出発する。つまり、それが暗黙に貨幣を前提としているといったのはこのことにほかならない。どんな厳密な反省も分析も、すでに形成された「意識」のなかでなされているかぎり、いつも結果と原因とをとりちがえるほかないのだ。

だから、マルクスが価値形態論を人類史においてはじめての試みだと自負した理由もここにおいてみなければならない。(……)
“矛盾”とは、したがってまた“弁証法”とは、すでに生成したものを生成したあとから合理化することでしかない。哲学とは、一種の神経症的な合理化にすぎず、それは貨幣=音声的文字の結果としての「意識」に閉じ込められている。

「無意識」の概念はもっぱらフロイトの名において知られるが、『夢判断』や『ヒステリー研究』において明らかなように、フロイトの関心は「無意識」が一種言語的なものに存するということにあった。≪……このことは、ヒステリー症状が言語表現を手段とする象徴化によって発生することについての決定的な実例だと思われる≫(「ヒステリー研究」)。ラカンが批判したように、精神分析学派がこの視点をまったくみうしなっていったといいうるならば、マルクスの「価値形態論」についてはなおさらそういわねばならない。マルクスは、ここではじめて、貨幣形態=前意識においておおいかくされてしまう象形文字的な様態をとりだしたのだが、のちのマルクス学派においてたんに哲学的なものに還元されてしまった。まさに弁証法をふくめて「哲学」がここで根本的に批判されようとしているのに。」(柄谷行人『マルクスその可能性の中心』)

Posted in 古典研究 | Leave a Comment »

信仰の逆説―“私の力は、弱さのうちに完全に現れる”(ローマ)

Posted by Shota Maehara : 8月 16, 2011

日本のキリスト教会で礼拝に参加させていただいている折、熱心な信者の方からよくこんな話を耳にする。世界のキリスト教会の中で、日本は未伝地とされている。つまり、いまだキリストの福音が宣べ伝えられていない土地であるということだ。その証拠に隣の韓国と比べて、日本のクリスチャン人口は全人口の1%以下しかいない。一体どうしたら、日本人の中にキリストの福音を伝えていくことができるのか、というのである。

確かに、聖書の中には一人でも多くの人がキリストの教えに触れて、回心し、滅びの道を歩むことのないようにと諭されている。事実、パウロの頃より、キリスト教は本質的に伝道宗教であり、異邦人に対して福音を伝えていくことを普遍的な使命と考えている。その意味で、日本のキリスト教団の兄弟姉妹の方々が布教に取り組んでいらっしゃるその熱意と努力には深い敬意を感じている。

しかし、私は本当に多数派であることが素晴らしいことであるとは一概に言えないのではないかとも思っている。例えば、アメリカ合衆国を考えて見よう。堀内一史著『アメリカと宗教―保守化と政治化のゆくえ』(中公新書、二〇一〇年)によれば、アメリカは超近代的な高度な科学技術と資本主義経済の大国というイメージとは裏腹に、同時に前近代的とも言えるほどの宗教大国である。まず総人口の約八割はキリスト教徒である。次に、九二%の人が神や霊魂の存在を信じている。さらには「天地創造」を全面的、あるいは部分的にせよ信じている人が六三~八二%いる一方で、「進化論」を支持し、人間の進化に神の関与を否定する人はわずか一四~二六%しかいない。そのアメリカでキリスト教原理主義が勢力を拡大し、ネオコンや、ブッシュ政権を生んだのだ。

ある民族や社会の中で主流になるということは、権力をもつということである。当然その使い方を誤ればその国を間違った方向へと導く。何よりも、主イエス・キリストの福音から離れてしまう恐れがある。かのエルサレムでキリストはつねに社会的に疎外されたもの、弱きものの味方であったからである。

それに対して、マイノリティ(少数派)であるということは一見弱点のようにも思われるが、そこからしか見えない「真理」がきっとあるはずである。何よりも、権力の中心からではなく、周縁的存在という立場から斜めに国家を批判することはできるはずである。批評性は周縁に宿るのである。また、もし国が方向を誤ろうとするとき、ブレーキをかける存在がいなくてはならない。それこそが主イエス・キリストがこの国のクリスチャンに課した伝道と並ぶ重要な使命だと私には思えてならない。

「わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。(コリントⅡ12:9~10)

この日本という地でクリスチャンであるということは、アメリカのような国でクリスチャンであるのとは全く違った意味を持っている。日本でクリスチャンであり続けることにはマイノリティとしての葛藤があり、社会からの偏見があり、さらには著しく反時代的であることが求められる。しかし、その報いは大きい。なぜならば、キリストが語った真理「弱さのうちに現れる力」とは、まさにそこからしか得られない批評性に宿る力であるといっても過言でないからだ。それならば我々はむしろこの地で少数派であることを誇るべきなのかもしれない。これこそがキリスト教がもつ信仰の逆説なのである。

Posted in エッセイ, 宗教 | Leave a Comment »

Adele – Rolling In The Deep

Posted by Shota Maehara : 8月 16, 2011

Posted in 音楽 | Leave a Comment »

Julian Assange and Slovenian Philosopher Slavoj Žižek — Live From London July 2

Posted by Shota Maehara : 8月 15, 2011

Posted in ビデオ | Leave a Comment »

Interview with Bruce Fink (Professor of Psychology at Duquesne University)

Posted by Shota Maehara : 8月 14, 2011

Bruce Fink is Professor of Psychology at Duquesne University and a practicing psychoanalyst. He retranslated the Sheridan´s translation of the Ecrits (1966) of Lacan. He is the author of two brilliant introductions to Lacan: The Lacanian Subject: Between Language and Jouissance (1995), Princeton: Princeton University Press; Lacanian Psychoanalysis. Theory and Technique (1997), Cambridge, Massachusetts, London, England: Harvard University Press. He is also co-editor of two collections of papers on Jacques Lacan and the translator of Lacan’s Seminar XX “Encore” and Seminar VIII.

One of the questions that a number of people have asked is how someone like yourself, who comes from the United States, became interested in Lacan. What motivated you to move in that direction?

I had been interested in psychoanalysis more peripherally while I was studying philosophy and political theory at Cornell. There I came across a professor named Richard Klein who had worked with Derrida and was teaching a course on Lacan and Derrida. It was at that time that I became very interested in Lacan’s notion of subjectivity as something radically different than the ego. I had not been particularly interested in forms of ego psychology and psychoanalysis in the States, whereas Lacan provided quite a different view of psychoanalysis, so I decided to go to France and stay a year or two to see how I would like it. I ended up staying much longer. My French was terrible when I first got there, but I started reading a lot and talking with people, and things got better. That is how my interest in Lacan started.

In the United States how do you find the status of the divide, for example, between ego psychology and the attempt to introduce some of the considerations that other more continentally derived forms of psychoanalysis might offer?

I think that is a difficult question. In my experience a lot of people who I would consider to be doing ego psychology, or some variant of that, would deny it vehemently. They see it is as passé and consider themselves to have moved well beyond it. Ultimately, however, from a clinical point of view it seems like they are doing the same thing, just conceptualizing it differently. People are more receptive now to some of the continental forms of thought. I think there is a certain amount of frustration among psychologists, psychiatrists, and psychoanalysts with a certain degree of stagnation in the Anglo-American tradition of psychoanalysis. Right now there is not the kind of effervescence of theoretical activity that there was, say, between the 1920s and 50s. In light of this more people are looking elsewhere. So I would say that as long as you do not present the continental viewpoint as a critique of what these people are doing, but rather as something they could add to or that might inform their work, then reception is possible.

One difference I have discerned between Anglo-American and Continental schools of psychoanalysis has been the respective emphasis they place on cognitive disabilities as the central pathology. The Continental approach seems more attuned to the limitations inherent in identifying a psychiatric or psychological pathology with cognitive disability. In fact, there was a conference here in Leuven on that very issue dealing with paranoia, in which the cognitive aptitude of the paranoid patient might well excel that of the average person. Do any of these concerns figure in the work that you do?

I myself have not encountered the distinction you mention between the two approaches. That may be more in the medical psychiatric tradition, which I work with a bit less. I work with a fair number of psychiatrists but they tend to be people trained in psychoanalysis. I do agree that by and large Americans pay much more attention to what can be objectively quantified, giving more weight to tests scores and that kind of thing. So you will often read in the description of a patient the I.Q. score or any sub-normal scores from other areas, whereas in Europe this tends to be downplayed.

I gather that your work as a practicing psychoanalyst informs much of your research and work in philosophy, or philosophical psychology. Can you comment on some of the tension or interesting relations between the clinical and pedagogical points of view?

I do not situate any of my work in philosophy per se. I think there are plenty of people in philosophy who are interested in psychoanalysis, especially its Lacanian manifestations. As for my own work I do not think there is that much tension between the clinical and the theoretical, because the one always grows out of the other. I see both as involved in a useful dialectic. I was just talking with Martin Stanton from England, who will be speaking later today, and he mentioned something that is very close to my own experience in regards to working with French analysts and American or British analysts. The British and American analyst immediately wants you to illustrate everything you say with case material, whereas the French will talk for hours and hours about theory without indicating how this might be applied to clinical work. Having been trained in the French tradition, I know what it is to deal with American colleagues who absolutely will neither sit nor read through a long theoretical presentation. Because of this, I have always tried to integrate the clinical material to illustrate what I am talking about. As you know, America is a very pragmatic country and looks for results, so if you talk endlessly about the “fundamental fantasy” in such a way that the usefulness of this idea in practice is not immediately obvious, it becomes next to impossible to motivate people to take the time to flog through Lacan’s work, which can be quite difficult, and work out what is happening. Now for the French, the utility of the idea is secondary. This idea is even reflected to some degree in a comment Lacan makes when he says that a cure comes as an after-thought in analysis, it is a side effect of the analysis. In the British and American context to say such a thing is heresy.

May I ask you about the English audience for Lacan. It seems that while Freudian psychoanalysis as a psychiatric tool is fighting for credibility in some circles in North America, Lacan seem to be gaining an ever-widening audience, particularly in critical theory. Now given the improved translations of Lacan that will be available, do you have any thoughts on the kind of reception or impact these new translations might have?

My sense is that the reception of Lacan is changing a bit in the States at this time. The initial reception by psychoanalysts, psychologists and psychiatrists was quite cold, but this has taken a turn in the last twenty years through the efforts of people like John Muller, Bill Richardson, and myself. We have attempted to present Lacan in a clinical manner to people in their own language, trying to overcome the difficulty of his texts by making his ideas more presentable to people. The fact is that most psychologists or psychiatrists will not read theoretical texts in the way that critical theorists, say people in Film Studies or Philosophy, would be inclined to do. They are just not used to dealing with texts like Lacan’s, and I think the new translations will help in the sense that it will make Lacan a lot more accessible and readable. This does not mean his work becomes transparent, because his work will never be transparent, yet I think my new translation does make it easier to grasp something more of Lacan. There are between eighty to one hundred pages of footnotes in the back of the book that will also assist in providing some context for people. So my hope is that this will help, at least to some degree, to modify Lacan’s audience in North America. In contrast to his growing influence in the general area of psychology, however, there is a turn away from Lacan’s work in the disciplines of Feminist Studies and Literary Criticism, possibly as a result of the desire in these disciplines to move on in search of the next big thing.

Would you agree that many of Freud’s ideas have infiltrated everyday consciousness to such an extent that they have become touchstones for our larger society, apart from their constructive role in a clinical setting?

You need to realize that the more these terms become vulgarized, one might say, or taken up into parochial discourse, the more they are simplified at the same time. So the more these terms are absorbed into a discipline like psychology, the less content that remains in any of these terms. In order to assimilate a term like the
unconscious you reduce it to something that it usually is not, or to its barest bones. We can see this if we just look at certain psychology journals that try to prove if Freud is right or wrong, for example, on the issue of whether dreams are wish fulfillment, or if there really is an unconscious. Of course, in the very presumption that the idea must be studied in this empirical way, they end up reducing the idea to something that it really is not, attempting to “prove” ideas that were never actual hypotheses of Freud in the first place. So I would say that lately there has been a spreading of Freudianism, which essentially takes away any power this discourse originally had. Now I think the situation is a bit different with regard to Lacan’s particular discourse, whose terms are difficult enough that they resist that kind of assimilation to some degree. Even in France today, where Lacan is fairly widely-read, there is not that much bandying about of his terms in everyday discourse, and this I think suggests something about how difficult he made it for people to assimilate. I believe he did this deliberately.

Would you agree that the larger appeal of Lacan, at least in philosophy, lies in his attempt to provide a general theory of the subject, rather than restrict his insights to clinical pathology alone?

I do think that Lacan takes psychoanalysis to a place in which it can provide a general theory of subjectivity. For Lacan this theory is an attempt to subvert a certain reading of Descartes’ cogito, in which —as he states in his lectures in the late 1960s — human subjectivity is essentially defined by a disjunction between thinking and being, in which the two shall never meet. There is no place where I am both thinking and I am. It is always one or the other. There is an alienation between the two or, as he sometimes puts it, a forced choice. I think we can see in this idea a general attempt to formulate what human subjectivity is about. He also tries to flesh out this definition through introducing such terms as the “Boromean knot”, which is a knot between the imaginary, the symbolic and the real. This is an idea that could be of great interest to philosophers, because it describes how the visual world, or the world of sensation, the world of language, and the real, are tied together.

You mentioned earlier in our conversation that Descartes is a counterpoint of sorts to Lacan. I wanted to ask you about some of the philosophers who most interested you before you committed yourself so wholeheartedly to psychoanalysis?

I was at Cornell and like many American universities it was predominantly analytic with one person who taught Kant, Hegel and Dostoyevsky. And so I managed to study a little bit of that while I was in college. After I finished I began to read Marx and Hegel quite a lot and Althusser. Strangely enough I came to psychoanalysis through critical theory, thinkers like Habermas, Marcuse and Adorno, yet it was actually through Deleuze and Guattari and their book Anti-Oedipus, that I first heard about Lacan.

(http://unconsciouskoine.tumblr.com/post/3706542577/interview-with-bruce-fink)

Posted in アーカイブ | Leave a Comment »