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Shota Maehara's Blog

Archive for 2007年11月

天国と地獄

Posted by Shota Maehara : 11月 27, 2007

天国に行くのに最も有効な方法は、地獄へ行く道を熟知することである。―マキアヴェッリ「手紙」

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「レディー・ファースト」のすゝめ―男女同権で女性は幸せを手に入れたのか?

Posted by Shota Maehara : 11月 26, 2007

一九八〇年代以降、日本でも男女同権に基づき、女性の社会進出を推し進めようとする動きがにわかに活発化した。私は当時、女性は男性に差別されていると息巻く幾人かのフェミニストのあまりに男性的な態度に恐れをなしていたことを覚えている。だからずっとフェミニストの主張には懐疑的であった。そして、ある親しい女性の友人と話している折に、この問題の本質をはっきりと掴みえたような気がした。

彼女は芸能活動やモデルなどをしていた経験もある美貌で、独特の感受性によってよく私を驚かした。ある日、大学のキャンパスを二人で歩いていると、彼女はこう言ったのである。

「私、今の男女同権時代なんて嫌い。」

「なぜ?!」

「だって、美人の女の子には、男がチヤホヤしてくれるし、デート代も払ってくれる。それなのに、男女同権になんてなったら、レディー・ファーストって考え方がなくなっちゃうじゃない。」

「ああ、そうか。」

「男女同権ていうのは多分モテない女のひがみだよ、こっちは迷惑なんだよね。」

いつもながら独特な感性から繰り出される社会批評に感心してしまった。そうしながらも、私は平等とは、ときに優れたことを認めるのではなく、逆に平凡なことにみんなが合わせることになりがちなのだと思った。そしてそのとき男性が女性を「尊重する」という考え方も同時になくなってしまうのだ。彼女にはこれが嫌でたまらなかったのだろう。

また言い換えれば、優れた存在を認めない社会とは、弱きもの、劣ったものの存在を認めない社会でもある。それは、ある一定の水準に降りてこないものと達しえないものをともに排除しようとするからである。フーテンでもホームレスでも、およそどんなものにも生きる余地を残しておいてあげることが人間の寛容さだとすれば、誠にぎすぎすした窮屈な社会だと言えよう。

むしろ私は優れている人や才能のある人を応援して、彼らが偉くなったとき、困っている人を助けてあげるようになる社会のほうがいい。世の女性はどう思うのだろうか。男女同権・女性進出の結果、キャリア・ウーマンは自立し、美しく、頼もしくもなった。しかしその一方で、肩に力がはいって、緊張し続ける毎日から癒しや心の支えを求め始めたかのように見える。しかも癒しさえお金を出して買い求めるこの時代。もしかしたら男のほうがちょっぴり楽かなと、男のいい加減さを羨んだりして。

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知ることは責任を負うこと

Posted by Shota Maehara : 11月 25, 2007

知識人にとって知ることは使命であり、責任を負うことであり、世界を変えることである。

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なぜ今人は生きる希望を失い始めているのか?

Posted by Shota Maehara : 11月 24, 2007

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“人々は生きるためにこの都会へ集まって来るらしい。しかし、僕にはむしろ、ここではみんなが死んでゆくとしか思えないのだ。”―――リルケ『マルテの手記』

バブル崩壊以降、小泉政権は一連の構造改革によって、弱者を切り捨て、強い者の力によって社会を牽引していくことを目指した。彼は改革に際して、「能力によって格差ができることは悪いことではない」と国会で答弁した。しかしここには強きを助け弱きを挫くという恐るべき含みがあることを見逃してはならない。事実、2003年に小泉首相は、財界の要望を受けて、これまで禁止されていた製造業における日雇い派遣という雇用形態を解禁する措置を採った。こうして景気はやや上向いたものの、夫婦共働き、派遣、日雇い、ネットカフェ難民、生活保護で何とか暮らしている人の数がいま確実に増えつつある。現在ネットカフェ難民の数は推定5400人。ただしここにはハンバーガーショップ等での難民の数は含まれていない。

彼らは断じて生きる意欲のないホームレスではない。ポスト終身雇用時代の産業構造に組み込まれた現代の難民なのである。

元外務省主任分析官・作家の佐藤優は今月の「SIGHT」のインタビューのなかで、こうした事態が第二段階に入りつつあることに警鐘を鳴らしている。例えば、最近ではネットカフェ難民のことを、人々が「臭い」奴らだと蔑み、劣った人間と見なすようになりつつあるという。それは一歩間違えれば民主主義から形を変えたファシズムになる恐れがある。そしてこうした人種差別まがいの扱いを放置すれば、最終的には彼らを再チャレンジの名の下に「救貧院」(強制労働)に入れることにもつながりかねないと危惧する。

かつてナチスに捕まったユダヤ人が押し込められた「絶滅収容所」には、入り口の門に、「労働は人を自由にする」という文句が掲げられていたという。しかしそれはいうまでもなく欺瞞であった。実際は、多くのユダヤ人がガス室で殺され、焼却処分されたのである。これに対していま我々はどう立ち向かっていくべきであろうか。

こうした問題の背景にあるのは、実は、産業化に伴う家族や地域社会の崩壊である。哲学者のイヴァン・イリイチも指摘するように、本来人間は自分でできるだけ自分の生活をコントロールして生きるべきである。言い換えれば、我々は、他人とお金を介したビジネスライクな付き合い以外の多様な人間関係を持っているはずなのである。例えば、映画『Always 三丁目の夕日』でノスタルジックに描かれているように、そこではコンビニ帰りの個人がただ一人で暮らしているのではなく、まず家族があり、そしてそれらが街の中で互いに助け合いながら暮らしていた。それは「互酬制」(=相互扶助)と呼ばれる関係で、たとえ金がなくとも一時的に住む所と食べ物だけは与えてもらえるセーフティネットの役割を果たす。

では一体、何がこうした関係を壊しているのだろうか。それは国家の中央集権化と民営化の同時並行現象である。それは、一言でいえば「互酬制」(=相互扶助)を、お金を介したサービスや商品交換に置き換えていく過程である。例えば、国家が担うべき教育や福祉などが完全に民営化されたらどうなるかを考えてみよう。おそらく、お金を払ってサービスを受けられない人は、それらを利用することができない。つまり日雇いの不定期雇用者となり、もし病気をしたら死ねというに等しい。ゆえに民営化とは体のいい弱者切捨て政策なのである。

本来人間や社会には、営利を求める企業によって担われてはならない生活の根幹に関わる領域というものがある。それは教育であり、医療であり、福祉である。なぜなら、企業は利益を上げていくためにそれらのサービスがいらなくなるようにではなく、むしろそれらに依存せざるをえない人々を多量に生み出さざるを得ないからである。だからこそ、私はこうした生活の根幹に関わる領域は、国家でもなく、市場でもなく、今後よりNGOやNPOなどの非営利団体の手で運営管理されていくべきだと考える。それには市民社会を支えるお金の損得を超えた「奉仕の精神」に目覚めることが必要である。われわれ市民一人一人、とりわけこの国の知識人の責任ではないだろうか。 

■関連リンク

NPO法人 自立生活サポートセンター・もやい(http://www.moyai.net/) 

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ネットカフェ難民の実態(上)

Posted by Shota Maehara : 11月 24, 2007

広がる若者世代の貧困 「一回転ぶとドン底まで行く」

――NPOもやい事務局長・湯浅誠氏インタビュー(上) 2007/6/30

最近、「ネットカフェ難民」の実態がメディアで大きく取り上げられ、若年世代を中心とした「貧困」の現状が浮き彫りになった。この世代の「貧困」は広がりを増し、深刻な問題になりつつある。彼らはなぜ「貧困」に苦しまなくてはいけないのか。その脱出策はあるのか。1995年からホームレスの支援に携わり、NPO法人自立生活サポートセンター「もやい」の事務局長を務める湯浅誠さんに聞いた。

子供支えるのは「もう限界だ」

「日本全体が『貧困化』している」と語る湯浅誠さん――若者の相談は増えているのでしょうか。

とっても増えているんです。最近の相談例を紹介しましょう。例えば、今週(もやいを)訪れたのは、34歳の男性で、7年間ネットカフェ難民をやっていました。といっても、7年間ずっとネットカフェで暮らしていたわけではなく、友達の家にいたりもしていましたけど、広い意味での「ホームレス」ですよね。

家賃が払えなくなった35歳の女性も来ました。31歳の男の人の場合も厳しい状態でした。1年ぐらい前にうつ病でコンピュータの関係の仕事をやめたんですが、もともと実家とはあまりうまく行ってないというか、実家にいながら台所を使わせてもらえない状態だったんです。1週間ぐらい何も食べてない状態でした。実家にいながら飢えてたんですね。本人も自信を失っていて、なかなか相談に来るまで踏み出せなくて、ようやく2~3週間ぐらい前に来て、対応しました。今は見違えるほど元気になっています。

「ネットカフェ難民」を筆頭に、メディアなどでいろいろ話題になっていることも影響して、若い人の相談が増えているのは確かです。ただ、若い人たちだけかというと多分そうではない。一番感じるのは、「多様化」ということです。例えば、1日のうち1時間ずつ予約制で相談を受けてるんですけど、10代の施設を飛び出してきた人が来たり、80代のおじいいちゃんが来たり、家族一家が4人揃ってきたり、若い男性やカップルが来ることもあります。

――男女問わず、年齢も拡大している?

そういう感じですね。日本全体が「貧困化」していると思います。若者はメディアに非常に注目されてるので、どうしても貧困の問題は就職氷河期の問題と結び付けられやすいのですが、私は必ずしもそうではないと思います。全体が地盤沈下しているなかで、とりわけ若者に注目が集まっている、ということです。家族の相談が増えてきたのも特徴です。支えてきた人が一緒に来て、言うことは決まっているんです。「今まで何とかしてきたけど、もう限界だ」と言うんですね。こうした人たちは「貧困」という状態までは行ってないけど、支える余裕がなくなってきてる。考えてみれば、例えば定年退職しても、貯金とわずかな年金で、あと20年~30年、ひょっとしたら40年、息子や娘を支えて暮らしていかないといけない。勿論そこには、不安があるわけですよね。「もう限界だ」というので、相談に来るんです。

――若くして貧困に苦しんで相談に来る人は、家族の支えはないのでしょうか。

ほぼ例外なく家族と断絶しています。どういう原因がなのか聞くのはあまりにデリケートなので、信頼関係上、最初はあまり聞かないようにしています。ただ、ぼつぼつ関係ができてきてから聞いてみると、ほぼ例外なく家族との関係が切れている。若い人の場合、もともと養護施設出身の人、ご両親が離婚している人、DV(家庭内暴力)の被害に遭った人、いろんな人がいます。何らかの形で家族に頼れない事情があると例がほとんどですね。親と同居しているフリーターは、仕事は不安定だけど、家族の支えがあれば、そのまま生活の不安定さには直結しないわけです。でも、そこでサポートしてくれる家族の関係がないと、仕事の不安定さがそのまま生活の不安定さに直結してしまう。それを私は「溜め」がないといってますけど、そういった「溜め」が失われてしまっている人が多いです。

「意欲の貧困」が起きている

――クッションがないということですね。でも家族のサポート、つまり「溜め」がない場合、困窮する人たちはどうやって自立していくのでしょうか?

「溜め」を増やしていくしかないですよね。貯金といった金銭関係、家族・友人、精神的には「自信」とかですよね。

先ほどお話しましたが、31歳で実家で飢えていた男性は、最初に来た時、「30歳になって恥ずかしい、もう生きて行けない」と言ったんです。「意欲の貧困」というか、すでに精神的に「溜め」がなくなっているんですね。生活の基盤ができた、友達ができた。そういうことがあって元気になれたんだと思います。

あと、生活保障や居場所、そういったものがセットで提供されることが非常に重要なんですね。僕は「再チャレンジ」はうまく行かないと言っているんですけど、「再チャレンジ」というのは一言で言えば、「労働市場で働け」ということですよね。条件が過酷ですから、その日の暮らしに追われて、「溜め」ができないわけです。もっと働いたところで、脱出できるわけでもない。どうやったら、その人の「溜め」を増やしていけるのかを真剣に考えなければならないと思います。

福祉事務所に行って生活保護を受けようとしても「お前まだ働けるでしょ」と言われて追い返される。

もう、それから後は、つるつるの坂道みたいなもので、何の歯止めがない社会なんですね。一回転んだらさーっとどん底まで行っちゃう。世の中では、「楽して生きたいから生活保護を受ける」みたいに考えられているけど、本当は本人だって生活保護なんて受けたくないんですよ。でもそれ以外、他に生きる方法がない。だから、労働や社会保障を含めたセーフティネットをもう一度張りなおさなければいけないのです。

(本文はこちら→ http://www.j-cast.com/2007/06/30008795.html)

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ネットカフェ難民の実態(下)

Posted by Shota Maehara : 11月 24, 2007

「ネットカフェ難民」転落 本当に若者の「責任」なのか

――NPOもやい事務局長・湯浅誠氏インタビュー(下) 2007/7/ 1

ネットカフェで暮らす「ネットカフェ難民」やファーストフード店で夜を過ごす「マック難民」といった若者たちが話題になっている。彼らはどうして「難民」になったのか。「自己責任」なのか、それとも、どうしようもないことなのか。前回に引き続き、NPO法人自立生活サポートセンター「もやい」の事務局長を務める湯浅誠さんに聞いた。

湯浅誠さんは「自己責任論では問題は解決しない」と語る――「ネットカフェ難民」といわれる人が現れたのはいつ頃からでしょうか。

ネットカフェが24時間営業を始めた最初のときから、7年ほど前からだと思います。実際に相談に来た34歳の男性は、6年~7年ネットカフェに住んでいました。実際に世間で注目されたのは2006年からですが、私たちのところに、ネットカフェから初めて相談に来たのは2003年です。かなり前から「ネットカフェ難民」はいたわけです。

私は以前、渋谷を中心に活動していた時がありました。街に野宿する若い人が増えてきて、2000年前後から珍しくなくなってきたんです。90年代だと、「何であなたみたいな若い人が」と驚いたものですが、もう珍しくなくなった。今では、野宿まで行かないにしても、それに近い若者が相当数いるはずです。

働く人たちの横の繋がりもなくなった

――「ネットカフェ難民」といった、日雇い派遣の労働者たちは携帯電話をつかってその日の仕事にありついているようです。昔と変わったことはありますか。

たしかに、携帯電話は日雇いの労働者にとって必需品です。私は日本全国「寄場(よせば)」化してるといっています。「寄場」というのは、東京だと山谷とか、大阪の釜ヶ崎とかは昔から日雇い労働者の町なんです。なぜ、日雇い労働者の街ができるかというと、そこにいかないと仕事が得られないからですよね。働き手を探している業者もそこにいかないと日雇い労働者を集められなかった。

携帯電話で、「直行直帰」のスタイルが可能になったから、「寄場」に住む必要がなくなった。その中で何が変わったかというと、「寄場」でいう「ダチ」「ツレ」という、一緒に働いて、終わったら一緒に飲んで、というような友人関係ですよね、会社とトラブルがあったときに助け合ったりするような関係ですが、これがなくなった。働く人たちの横の繋がりがなくなった。みんな「直行直帰」だから、毎日行く現場が違うし、毎日会う人が違うから、友達ができない。人間関係でも「溜め」「安全ネット」がなくなってしまったんです。

――一方で、若者の「弱さ」「甘え」が、すぐに仕事を辞めて職を点々とするようなフリーターを生み出した、という意見もあります。

なんと言っていいのか難しい問題なんですけど。前にこういう事例がありました。5月に失業、相談に来たのは9月なんですが、その4ヶ月間の間に食べられなくなった男性でした。その間に、彼は3回就職しました。でも、3回の仕事をいずれも3日、3日、1日で自分から辞めてしまっているんです。食うに困っていて、仕事を探していて、実際に採ってくれるところもある。でもなんで辞めてしまうのか、ということですよね。

彼に働く気がないのかというと、そうではない。そうじゃなきゃ3回も就職活動はしないわけで、だけど、続かない。「なんで?」と聞いたら、「仕事についていけると思わなかった」。そこがいわゆる「弱さ」の正体ですよね。

私はいつもこう言っているのですが、新しい仕事に就くということは、大変なことです。会ったことがない人たちと、やったことのない作業をやるってこと。多くの人はできると思うんですね。しかしやったことないんだから、そこには実は根拠がない。なんで根拠もないのにできると思えるのかというと、「今までやったことないことやらせてもらえた」「チャンスをもらえた」「やったことないことをやってうまくいってほめられた」といった「成功体験」みたいなものを過去に持たせてもらえた。だから、それを応用して「できる」と思えるんです。

逆に言うと、そういう経験に乏しい人にとっては、「できる」と思えない。本人にとってはこれが、大問題だったりするんですよね。

これは、自己責任論と絡むんです。病気で仕事に行けなくなって解雇されたというと、みんな「しょうがない」というんです。みんな実際に病気をしたことがあるから。「健康管理がなってない」と自己責任論で片付けることもできるはずですが、そう言って批判する人は多くはない。一方で、仕事のことになると、「お前が頑張らなかったせい」と自己責任論で片付けられる。多くの人にとっては「頑張ればできる」ということなんだろうけど、本人にとってはどうしても乗り越えられない。これも広い意味で「貧困」だと思うんですよ。つまり、「意欲の貧困」、精神的に「溜め」がないということなんです。

仕事をしても、生活できないひとがたくさんいる

――たしかに、「意欲がない」子供が目立ちます。「この先どうやって生きていくんだろう」という気になります。

日本ではそれほど意識されてないけど、「貧困の連鎖」が起きています。その人の「溜め」をどう増やしていくのかを真剣に考えなくちゃいけない。「お前甘えてるから仕事しろ」っていっても片付かない問題なんです。本人も一番そのことは分かってるんですね。そんな説教では「自分が悪い」と、ますます自信をなくしていく。「自己責任論」の問題は、倫理的によくない、というよりも実効性がなくて解決にならない、という点なんです。何らかのかたちで「成功体験」や受け入れられる経験を通じて「溜め」を増やすことが重要だと思います。

――賃金が安い。これも日雇い労働者が困窮する理由になっている?

大宮で6~7年間ネットカフェで暮らしていた人は、派遣大手で働いていたんですけど、固定で月8万。足りないからほかの派遣会社で仕事をすると、ブッキングしたときに困るわけです。断るときも出てくる。派遣会社からしてみれば、「仕事をまわしてもやらない奴」とレッテルを貼られ、仕事が回ってこなくなる。誰のせいなんだというと、彼のせいではないだろう、と思うんです。彼は結局、ネットカフェにも1週間毎日は泊まれなくて、週4日ネットカフェですごして、あとの3日は朝の始発の京浜東北線にのって3往復、これで睡眠時間をとっていた。本人がどうにかできたのか。私は無理だと思う。彼は生活保護を取る事に抵抗を感じていましたが、今では生活保護を取って、そこの仕事をしながら、ハローワークで仕事を探しています。

日雇い派遣については、政府が派遣法をどんどん緩めていった。日雇労働で有名な大手企業も、なんであんなにでかくなったのかというと、政治が規制を緩めてきたからですよね。その結果、かつてのように仕事していれば生活できるはずだ、という「神話」が成り立たなくなっている。仕事をしても、生活できないひとがたくさんいる。ここが、そうじゃない人にはなかなか分かってもらえない。「仕事すれば何とかなるはずなのに何とかならないのはきっとお前がなにか足りないんだろ」となる。

生活保護受けると、「なんか、あっち側に行っちゃう」

――生活保護を取るのはイヤだ、という人は多いのですか。

社会一般のイメージが悪い。なんか、あっち側に行っちゃう、俺はまだ働けるのに生活保護を受けるなんて、と思うわけですよね。何とかなるはずじゃないかと。一般の人が思っているのと同じです。しかも、福祉事務所には、どうにも生活できない、といわば「白旗」を揚げていくんだけど、「甘えるな」と跳ね返されちゃいますからね。このあいだ、福祉事務所に生活保護の申請に行った女性は、受理してもらえなかった。理由を聞くと、福祉事務所側は「申請を受理したら生活保護を開始しなくちゃいけないから」と追い返されたと言うんですね。めちゃくちゃな、理由にならない理由で、力関係だけで追い返されている。

本当は本人だって生活保護なんて受けたくない。福祉事務所もなかなか受理しようとしない。気楽に受けて、「貧困」状態から脱出できれば、生活保護のイメージが変わるはずです。そしていろいろな面で「溜め」ができれば、生活保護から脱するといういいパターンに入れるのです。

――国や自治体の政策面ではどうすれば、困窮する人たちを救えるのでしょうか。

やはりセーフティネットの張りなおしが重要だと思います。ひとつは最低賃金など賃金の水準ですね。労働市場に完全にまかせておいたら、賃金は1円でも安い方がいいに決まっていますから、政府が介入しなくちゃいけない。それと、高度経済成長期では、企業と家族が歯止めになっていた。だから公的保障まで行かなかった。今はここも違いますね。そこで、失業保険が重要になるんです。失業保険は対象が限定されている上、3ヶ月と期間が短い。その結果、国の予算が余っている。しかし、政府は、対象を広げたり、給付期間を延ばすことを考えるかというと、まったく逆で、国庫負担金を削減しようとしている。とんでもない事態です。そして最後に、生活保護などの公的扶助によるセーフティネット。違法に追い返されるようなことのない社会にしないといけないと思います。

(本文はこちら→ http://www.j-cast.com/2007/07/01008796.html)

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 Technics and Civilization by Lewis Mumford

Posted by Shota Maehara : 11月 20, 2007

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D・H・ロレンスとファシズムの親和性

Posted by Shota Maehara : 11月 18, 2007

D・H・ロレンスは一八八五年九月十一日、イギリスの炭鉱町イーストウッドに生まれた。父は炭鉱夫、母は技師の娘で、教養のある女性であった。つまり、父は階級的にはプロレタリアート(労働者)、母はミドルクラス(中流階級)に属していた。彼は自らの卑しい労働者階級の出自を嫌い、そこから逃れようとしながらも、ミドルクラスの見えない天井にぶつかるようにしてふたたび堕ちていかざるを得ない。この父と母の二つの階級の狭間を揺れ動くようにして、彼の小説の主人公もまた葛藤する。

では、なぜ彼はこれほどまで自らの出自を嫌ったのだろうか。それは労働階級の中にある、弱者の強者への「怨念」(ルサンチマン)と呼べるような、どろどろとした権力への欲望が渦巻いていると感じたからである。そして後に、その他者の優越を羨み、破壊したいという欲望こそが西洋文明の二つの柱ともいえる、キリスト教と民主主義の根幹にあると見なすようになる。とりわけ彼は、フロイトの精神分析学に学びつつ、西洋文明における性の抑圧にこそ、現代人が囚われている他人への嫉妬の眼差しの原因があると考えるに至る。

ロレンスにとって精神的な「恋愛」とは偽りであり、肉体的な交わりよってのみ人は愛を語りうる。こうした即物的な関係のみを彼は真実だと見なす。それ以外の一切の意味は幻想であると。実はこのことを真に知りうるのは性的不能者である。なぜなら、肉体的にも精神的にも健全な若者は、はじめから性交の可能性を剥ぎ取られた愛があり得るかという不安に怯えることもない。もし相手を肉体的に満足させ得ないならば、愛という実体のないものは自分の傍を通り過ぎて去っていってしまうのではないかと感じることもない。それはかつて子どもを産んだ夫婦が年老いて静かに慰めあって暮らすのとは根本的に違うのである。

ロレンスの文学が極めて重要なのは、キリスト教や民主主義が世の中を覆って、大衆がはびこり、世の中が閉塞感に覆われた時代において、人間と人間の関係、そして人間と自然の関係の根底に「性」の問題点を見出したことである。「性」とは何であるか。これは現代における政治の問題であり、経済の問題であり、そして文明の問題なのである。家族をはじめあらゆる人間の諸関係の中心に「性」があるということは、言い換えれば我々は「性」の欲望を介して、「他者」(自然も含めた)と出会っていることになる。

ニーチェやロレンスの思想の根幹に弱者や大衆の嫉妬(ルサンチマン)があるとすれば、彼らが「恋愛」(特に性)に着目するのも頷けることである。なぜなら、恋愛こそもっとも嫉妬の感情が露になる場面だからだ。恋愛とは他者の眼差しと密接な関わりを持っている。いわゆる三角関係に示されるように、もっとも嫉妬に燃える瞬間は、自分の恋人が他の誰かに盗られるかもしれないと恐れるときだ。そのとき当事者は、その第三者に嫉妬して、恋人をより惹きつけたいという衝動に駆られる。だが、それは愛ではない。嫉妬である。これがロレンスの一貫した主張である。

確かに欲望とは、結局他者の欲しているものを自分も欲しているに過ぎない。その意味でヘーゲルは欲望とは他者の欲望であると述べている。結局このループを断ち切らない限り、人は他者の欲しているものを欲し、その結果戦争は絶えないであろう。それは人間のもつ権力への欲望であり、支配への欲望である。

しかし、ここで見逃してはならないのは、こうした観点が誰しもが権力の地位につけるという建前を与えられた議会制民主主義の時代においてはっきりと見出されたということだ。したがって、ルソーがはっきりと認識していたように、共和制や民主主義は可能かという問いは、人はこのルサンチマンから逃れられるかという問いと同じなのである。

20世紀に悲劇を経験した我々はファシズムが、結局は新しい人と人、人と自然の関係性を回復するどころか、ユダヤ人をはじめとする他者の存在を抹殺することにしかならなかったことを知っている。この答えは、国家にも、市場にも、共同体にもない。では我々は一方で市場経済に基づいて、個人が自由に才能を伸ばし、他方で他者からの嫉妬(ルサンチマン)に曝されることなく、相互に助け合える社会を構想すべきではないだろうか。私はそれこそがアソシエーショニズムであると考えている。

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資本主義における「世俗内的禁欲」―立身出世主義とプラトニックな恋愛観

Posted by Shota Maehara : 11月 2, 2007

(1)労働観―立身出世主義

先ほど述べたように、ウェーバーは産業資本主義を推進させたものは、利益や欲望でなく、「世俗内的禁欲」にあることを強調しました。近代(産業)資本主義をもたらす、勤勉な労働倫理を用意した、と彼は考えた。そして、それをもたらしたのは、プロテスタンティズム(キリスト教)であるといったのです。しかし、それなら日本の場合はどうなるのか。プロテスタンティズムでなければならないということはない。「世俗内的な禁欲」というのは、欲望の遅延ということです。要するに、それが大事なことなのです。

もちろん、明治日本においても、キリスト教(プロテスタント)の影響はすくなくありません。実際、北村透谷、国木田独歩をはじめ、多くの作家がキリスト教を経由しています。しかし、その前に日本人全般を動かし、勤勉で禁欲的な生活をもたらしたものがあります。そこから考えないといけない。それは立身出世主義です。これは学制改革と徴兵制という明治初期の政策の根底にある理念です。そもそもいわゆる五ヶ条の誓文にも、それがうたわれていた。そして、それに呼応するように、福沢諭吉の『学問のすすめ』やS・スマイルズ(中村正直訳)の『西国立志編』が出版され、ベストセラーになりました。

立身出世主義は、近代日本人の精神的な原動力ですね。封建時代の身分制を否定する思想は、さまざまにあります。しかし、人間は平等だといっても口先だけのことです。現実的な平等からは程遠い、明治で何が変わったかというと、明治以後の日本では、学歴によって新たな階位を決めるシステムになったということです。徳川時代でも身分を越えるモビリティは案外あったのですが、明治以降それが全面化したということです。だから、日本人の多くが、子も親も、立身出世のために必死になって、勤勉に働くということになった。これが受験競争として近年までずっと続いてきました。このことを無視すると日本の近代を理解することはできません。

                            (中略)

私は、明治以後の日本人に勤勉や禁欲というエートスをもたらしたのは、立身出世主義だと思います。リースマンの言葉でいえば、立身出世は伝統指向ではない。それは親のあとを継げ、という身分制を否定するものです。しかし、それは内部指向でなく、他人指向ですね。他人の承認をかちえたいという欲望に駆られているからです。近代的な自己というのは、伝統や他人を超えて自律的な何かを求めることです。現実にはそれは難しい。だから、それをキリスト教に、というより、窮極的に「文学」に見出したのです。―柄谷行人『近代文学の終わり』(インスクリプト、二〇〇五年、p.69-72)

(2)性愛観―処女性・プラトニックな恋愛

世俗内的禁欲ということが端的にあらわれるのは、労働ではなく、やはり性愛です。江戸時代でも、商人は禁欲的でした。しかし、長年かかって金を蓄えると、何をするか。女道楽しかない。尾崎紅葉がそういうことを小説に書いています。その紅葉の『伽羅枕』という小説を痛烈に批判したのが、北村透谷です。彼は紅葉の描くような世界を「粋」と呼んで批判しました。それは封建社会の遊郭に生まれた、平民的なニヒリズムである、と。彼はそれに対して恋愛を持ってきた「厭世詩家と女性」では、「想世界と実世界との争戦より想世界の敗将をして立てこもらしめる牙城となるのは、即ち恋愛なり」というふうに、あるいは「恋愛はひとたび我を犠牲にすると同時に我れなる『己れ』を写し出す明鏡なり」というふうに、恋愛は、画期的な意義をもつものとして考えられた。

                            (中略)

その点でいえば、透谷のいう恋愛は、けっしてそのつもりで説かれたのではないけれども、実は、産業資本主義に不可欠なエートスに合致したのです。すなわち、世俗内的禁欲です。すぐに欲求を満たすのではなく、遅延させる。あるいは、欲求を満たす権利を蓄積する。それが産業資本主義の「精神」なのです。

                            (中略)

しかし、紅葉が明治三〇年代に書いていたときは、そうではなかった。そもそも処女性とかプラトニックな恋愛がいわれるようになったのは、明治二〇年代からで、それを積極的に唱導した一人が透谷です。しかし、大衆のレベルではそうではなかった。農村部ではいうまでもないことです。夜這いというような慣習は、戦後にまでかなり残っていました。都市においても同様です。処女性など問題にされていなかった。ただ、都市部が農村部と異なるのは、セックスを金銭的にみる見方があった、つまり、自分を商品として見る意識があったということです。露骨にいえば、「ただでやらせるのはもったいない」ということです。当然ですが、彼らは遊郭で働くこともさほど気にしていなかった。武士の家庭は例外です。そこでは儒教道徳が浸透していたから。明治以後は、そのような道徳が、近代的な道徳意識と混じって、全階層に徐々に浸透していった。―柄谷行人『近代文学の終わり』(インスクリプト、二〇〇五年、p.73-7)

[関連]

前田愛「明治立身出世主義の系譜―『西国立志編』から『帰省』まで」(『近代読者の成立』所収、岩波現代文庫)

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