I am the vine; you are the branches

Shota Maehara's Blog

Archive for 2010年1月

愛のみことば―新約聖書から

Posted by Shota Maehara : 1月 31, 2010

わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである。いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。-ヨハネによる福音書第1章16~18節

神は、その独り子をお与えになるほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。-ヨハネによる福音書第3章16節

そこで、イエスはまた言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。私は羊の門です。わたしの前に来た者はみな、盗人で強盗です。羊は彼らの言うことを聞かなかったのです。わたしは門です。だれでも、私を通ってはいるなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のために命を捨てます。-ヨハネによる福音書第10章7~11節

あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるからです。-ヨハネ福音書第13章34~35節

 わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。  -ヨハネによる福音書 14章6節

愛する者たちよ。わたしたちは互いに愛し合おうではないか。愛は、神から出たものなのである。すべて愛する者は、神から生まれた者であって、神を知っている。愛さないものは、神を知らない。神は愛である。神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにして下さった。それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされたのである。わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。愛する者たちよ。神がこのようにわたしたちを愛して下さったのであるから、わたしたちも互いに愛し合うべきである。神を見た者は、まだひとりもいない。もしわたしたちが互いに愛し合うなら、神はわたしたちのうちにいまし、神の愛がわたしたちのうちに全うされるのである。-ヨハネの第一の手紙 第4章7~12節

しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架につけられたのです。割礼を受けているか受けていないかは、大事なことではありません。大事なのは新しい創造です。-ガラテヤ人への手紙第6章14~15節

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現代人の饒舌について

Posted by Shota Maehara : 1月 24, 2010

愛がない人間はおのれの才覚のみを頼みにして、周囲における自己評価を高めようとします。それは自分の存在そのものが高価なものだと思えずに、何をなし得るかで自分が価値のある人間だとはじめて安心できるからです。だから彼らの心理の奥底には、「不安」があります。それは本当は自分はたいして価値のない人間なのではないかという不安です。私には、それゆえに彼らはますます饒舌になるのだと思えるのです。

こうした悪循環を断ち切るためには、私も含めた現代人は「謙遜」を学ばねばならないと感じます。それも人間的なそれではなく、まさにキリストが弟子たちに説いたような神との関係における謙りです。すなわち、「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、仕える人となりなさい」(マルコ10:43)。いずれこの問題に関しては、エッセイを書きたいと思っています。いまはマザー・テレサの言葉を引用させていただきます。「謙虚であるということは、つねに神の偉大さと栄光の光を放っているということです。謙虚であることを通して、愛することができる人に成長するのです。謙虚さは、聖性の始まりです。」

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ボンヘッファー/神の言葉を聴ける人は、他者の言葉を傾聴できる

Posted by Shota Maehara : 1月 21, 2010

 共同体において、一人の人間が他の人間に負う第一の務めは、他の人間の語ることを傾聴することである。あたかも神への愛が、神の言葉をわれわれが聴くことによって始まる如く、兄弟に対する愛の発端も、われわれが兄弟の言葉に耳を傾けることを学ぶにある。神のわれわれに対する愛は、御言葉を与えて下さるに留まらず、われわれの呼びかけにも耳を傾けて下さることに存する。それゆえ、われわれが兄弟の語ることに親身に傾聴することを学ぶならば、兄弟に対して為すわれわれのその行為も、神のみわざとなるのである。

 キリスト者たち、殊に説教者たちは、他の人々と同席した折にはいつも、自分たちは何らかの“助言や援助を申し出”なくてはと、それこそが自分たちの為すべき唯一の務めと考え勝ちである。彼らは、語るよりも傾聴する方が大きな務めであり得ることを、忘れているのだ。人々の多くは、自分の語ることに耳を傾けてくれる、理解ある相手を求めているのに、キリスト者たちの間にはそれを見出せない。なぜなら、キリスト者たちは、自分たちのほうで聴かねばならない場合にも、自分が喋ってしまうからである…。

 自分の時間を、耳を傾けるだけに費やすには余りにも貴重すぎると思いなしている者は、とどのつまり、その時間をいついかなる時も、神と兄弟のためにではなく、もっぱら自分自身のために、自分自身の言辞と計画のためにのみ費やしていることになる。-ディートリッヒ・ボンヘッファー『共に生きる生活』(1938)より

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聖書と構造主義的言語学―はじめに言葉があった

Posted by Shota Maehara : 1月 16, 2010

先日、内田樹さんの文章を拝読して、上記の引用の部分を読みました。特に私の目を引いたのは、彼が聖書的な言語観(創世紀でアダムが家畜を目の前に連れてこられてそれに一つ一つ名前を付けていく場面)とソシュール的な言語観(言葉があって、はじめてものが存在する)を対比させて論じていたからです。

しかし私自身新約聖書の問題を考える中で、「はじめに言葉があった、言葉は神とともにあった。言葉は神であった」そして言葉(預言)は受肉してキリストとなる訳ですが、このパッセージを強烈な印象をもって読んでいる訳です。

また、これをより哲学的な議論に置き換えれば、一見単なる唯物論と観念論の論争の再燃の様に見えますが、ソシュールにとって言葉がものよりも先にあるという言語論的転回は、別にものの実在を否定するわけではなく、カントが言ったように確かに「物自体」としてはあるわけです、ただ、我々が言葉によって認識できるのはその影である「現象」だけなのだと。

私は現代哲学を学んだ者として、ソシュールの言語観に深く同意します。しかしながら同時に、新約聖書における言語観はそれと矛盾するものではなく、より高い次元で二つの矛盾を解決できる(アウフヘーベン)と考えているのです。むしろ、浅薄な現代思想の本などよりも、はるかに聖書の言葉に対するとらえ方の方が、ソシュールが言わんとしていたことがよく分かると思うのです。

ともあれ、かじっただけのソシュールをもう一度折に触れて、読み返してみたいという気持ちは私も賛成です。構造主義は実はカントによって既に乗り越えられていたが、構造主義的な知見を否定することはそれ以前に逆戻りすることになると思います。それに詩の創作手段としての「言語」を考えるという観点からも、ソシュールの知見は無視し得ないどころか、無限の可能性を秘めています。

さらに付け加えて言えば、日本の周辺という地政学的要因と、日本語の特性は英文学者の外山滋比古が「アイランドフォーム」の問題として随分前に研究されていますね。

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言語学と構造主義に関するノート

Posted by Shota Maehara : 1月 13, 2010

「フランス語の「羊」(mouton)は英語の「羊」(sheep)と語義はだいたい同じである。しかしこの語の持っている意味の幅は違う。理由の一つは、調理されて食卓に供された羊肉のことを英語では「羊肉」(mutton)と言ってsheepとは言わないからである。sheepとmoutonは意味の幅が違う。それはsheepにはmuttonという第二の項が隣接しているが、mouttonにはそれがない、ということに由来する。(略)もし語というものがあらかじめ与えられた概念を表象するものであるならば、ある国語に存在する単語は、別の国語のうちに、それとまったく意味を同じくする対応物を見出すはずである。しかし現実はそうではない。(略)あらゆる場合において、私たちが見出すのは、概念はあらかじめ与えられているのではなく、語の持つ意味の厚みは言語システムごとに違うという事実である。(略)概念は示差的である。つまり概念はそれが実定的に含む内容によってではなく、システム内の他の項との関係によって欠性的に定義されるのである。より厳密に言えば、ある概念の特性は、「他の概念ではない」ということに他ならないのである。」―ソシュール『一般言語学講義』

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福音とポストモダン―旧約から新約の時代へ

Posted by Shota Maehara : 1月 10, 2010

『心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』―マルコ福音書 第12章30節 (新改訳)

“Love the Lord your God with all your heart and with all your soul and with all your mind and with all your strength.”-Mark 12:30 (NIV)

今年は新たな意味で、律法を重んじる選ばれた者のみが救われる旧約の時代からキリストを愛する信仰によって救われると説かれた新約の時代へわれわれは踏み込もうとしている。それは、あらゆる価値を転倒する試みである。

我々は近代に神を見失ったが、今ふたたび神を見出した。今こそ何のために自分は生きているのか、また何のために自分はものを書いているのか、本当にそれは読む人々の幸せにつながっているのかをもう一度根本から立ち戻って考えるときであると思う。

これまでのような批判でも、絶望でもなく、愛と希望によって世の中を明るく照らしていくために我々はまず謙遜を学ばなければならない。いまわれわれが巻き込まれているのは人間をその能力によって、分類しようとする恐るべき傲慢な市場的価値の支配である。

しかし、神の目に人は皆等しく価値があり尊いことを忘れるべきではない。我々は有用な人間とそうでない人間を簡単に見分けられると思いがちだ。ただ本当に価値ある人間とはいかなる存在なのかは、もっと長いスパンで、それこそ「永遠の相の下」でなければ見ることができない。すなわち神のみぞ知ることなのではあるまいか。

私自身も微力ながらどうやったらこの国や世界の人々や子供たちが幸せに暮らせていけるのかを考えつつ、主の御心のままに筆をとって、一人でも苦しんでいる人に主イエス・キリストのメッセージを届けられたらと願う。新年の御挨拶に代えてここに記す。心から感謝を込めて。―2010年1月10日、秋月誠仁

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老人と祈り

Posted by Shota Maehara : 1月 10, 2010

陰鬱な午後のプラットホームに佇んでいると、
眼前を、杖をついた老人が通り過ぎる。

壁に寄りかかりながら、腰を弓なりに丸めて、頼りなく、
ゆっくりと進んでは、また静止する。その繰り返しの中で
永遠ともいえるときが刻まれる。

人びとに取り残され、それでも歩むことをやめない。
小さな、小さな、愛の河。生命(いのち)の河。祈りの河。
その姿はまるでへりくだって、主の御前に立つ信者。

老人よ、あなたは独りではない。
主の御手が今、あなたを支えている。
主は微笑みながら、あなたと歩みを共にしておられる。
主は悲しみを喜びに、嘆きを踊りにかえてくださる方。

神は愛であり、闇に打ち勝つ光である。
老いも孤独も貧しさも私たちを打ちのめさない。
信仰者にとって弱さとは無力さではなく力なのだ。
神の愛とは弱さの中でいっそう光を放つものなのだから。

(2010年1月10日、秋月誠仁)

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『東京物語』試論―「時間」の共有をめぐって

Posted by Shota Maehara : 1月 10, 2010

久しぶりに小津安二郎監督の名作『東京物語』を観る機会があった。その映画に触発されて現代の様々な問題点が浮かび上がってくるような思いがした。それは私自身常日頃感じているテーマとも触れ合う。つまり、現代の人間関係の再構築をするにはどうすればいいのかという難問である。これは多かれ少なかれ現代人が抱える共通した欠陥なのではないだろうか。うつや自殺者は毎年後を絶たず、結婚活動(コンカツ)や離婚活動(リカツ)などが流行語に選ばれたりする昨今、人々が他人と精神的つながりを感じられなくなってきているのではないだろうか。私はここに現代の癒しがたい病を見る思いがするのだ。

『東京物語』は、年老いた夫婦が成長した子供たちに合うために上京する旅を通して、戦後の日本における急速な核家族化の実態を描いている。さらにこれまで信じられてきた「家族愛」の崩壊と再生を繊細な描写で描き出している。物語の筋そのものは極めてシンプルである。平山周吉と平山とみの老夫妻は、東京に生活する子供たちに会いに尾道から上京する。しかしそこで彼らから自分たちは疎外されていると感じる。子供たちはそれぞれ家庭や仕事を持ち自分たちの時間で動いているからだ。彼らは絶えず時間に追われていて、彼らを充分かまってやることができない。そのため熱海の温泉に宿泊させたりする。そしてそこから老夫妻が戻るとその存在を一層疎ましく感じ始める。

ただ一人戦死した次男・昌二の嫁・紀子だけはこの老夫妻に優しく接する。上京中も彼女は仕事を休んで、観光バスで街を案内し、義理の母である平山とみが危篤になって駆け付けた時や亡くなった後も本当の娘以上に身の回りの世話をしてくれる。この映画の中で紀子の存在が失われた家族愛の再生のカギを握っている野は確かである。血を分けた子供に冷たくあしらわれ、その一方で血の繋がっていない他人に親切にされる。この逆説を通して新たな人間関係の構築は可能であることを示し映画は幕を閉じる。

ここで、私たちにとって非常に興味深いのは、なぜこの「平山紀子」(原節子)だけが老夫妻を優しくもてなすことができたのだろうか、という点である。それは単に性格の良し悪しだけに起因する問題だったのであろうか。いや、おそらくそうではあるまい。実は、この映画の謎を紐解くことのできる唯一のキーワードは「時間」である。それは例えば、尾道(田舎)と東京(都会)の時間の流れの対比であり、老夫婦と息子や娘夫婦の時間の流れの対比である。そして、何よりも重要なのは、8年前に戦争で夫を失った「紀子」の時間がその時以来止まったままであるという事実である。ここに紀子だけが田舎から上京した老夫婦に優しく接しえた理由があるように思われる。

紀子は夫・昌二を戦争で失って以来、東京でOLとして働き、一人暮らしをしている。戦後東京では特に、目覚ましい復興を遂げ、人々の意識が変わっていく中で、兄弟中でこの紀子だけが過去との繋がりを持ち続け、8年たった今も部屋に亡くなった主人の写真を飾っている。そのことを老夫婦に指摘される場面がある。老夫婦はこれまで彼女に苦労の駆け通しだったと詫び、これからはもう次男のことは忘れて、もう一度良い人と巡り合って再婚することを勧める。しかし、彼女は「良い人がいればね」と何気なくこの場をやり過ごす。老夫婦は自分たちにこんなに尽くしてくれるあなたならきっと良い話はあるというのだった。

この映画は、時間の観点からいって、三つの共同体に分類することができる。第一は、戦災を逃れてほぼ昔のままの尾道の緩やかな田舎の生活と、第二は戦後急速に変容する東京のせわしない都市生活、そして第三にただ過去のある時点で時間が止まったままの「紀子」に代表される傷ついた者たちの生活である。第一の共同体と第二の共同体の対話は困難に思われたが、第一と第三の共同体は不思議に心を通わせることができる。それはおそらく戦後急速に変容する日本の中で、両者が共に「過去」に属する者であったからであろう。

その意味で、義理の母の平山とみが亡くなった後に交わされる周吉と紀子の会話は印象的である。「あなたにいつまでもそうして独りでいられるとこちらが心苦しくてならない」という義理の父・周吉に対して、彼女ははじめて自分の心情を次のように吐露する。「私はずるいんです。本当はそういつもいつも昌二さんのことばかり思っているわけではないんです。最近は思い出さなくなる日もあるくらい。それにこのまま独りでいたらと思うと不安なんです」と。

さらに尾道で老夫婦と暮らして、小学校教師をしている次女の京子と紀子との間で最後に交わされるセリフは映画を撮った小津監督自身の主張である。自分の実の母に対する兄姉の心無い態度に憤る京子に対して、紀子は言う。「彼らは悪気が合ってそうしているのではない。彼らにはもう彼らの家族があり仕事があり生活があるのだから。皆それに従って生きていかなくてはならないものなの」と。でも「お姉さんは違うじゃない」という京子に対して、「自分もだんだんそうなっていくの。いやでもそれは仕方のないことなの」と紀子は答える。京子はそれに対して「自分はそうなりたくない」とポツリとこぼすのだった。最後に紀子は京子に「あなたも今度きっと東京にいらっしゃい」と言葉をかける。

これら三つの共同体の間の対話とその不可能性を通して小津は、戦後の社会のみならず、いついかなる時代も存在する「孤独」というテーマに向き合おうとする。ただし、その筆致はいかにも小津らしく愛のある眼差しとも呼べるほど温かさを感じる。つまり、観る者の心を癒してくれる力があるかのようだ。

この映画を通して、私は自分自身の心にも年老いた人々や肉親を疎ましく思う心があることを認めぬ訳にはいかなかった。そして、本当の意味で他者と繋がることに恐れを感じているのではないかと針で心をちくちく刺されているような気持にもさせられた。私たち平凡人の心の内に潜む「冷たさ」が私たちの人間関係をいかに自己疎外しているかを再認識させられる。

その一方で、小津は新たな人間関係の構築の可能性をも指し示している。それは複数の時間の共同体の交錯の中でも、紀子のようにそれらをつなぎ合わせ、コミュニケーションを成り立たせていくことは可能であること。インターネットなどのテクノロジーを背景にして、複数の私的な時間の成立が既存の共同体を壊してしまったのであるならば、またそれらの分裂した個々人の時間を多様なチャネル(仕事、趣味、恋愛、社会奉仕など)を通じてふたたび同期させていくことができればまた新たな共同体は生まれ得るのである。

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少年時代の詩/ペーター・ハントケ

Posted by Shota Maehara : 1月 2, 2010

Song of Childhood
By Peter Handke

When the child was a child
It walked with its arms swinging,
wanted the brook to be a river,
the river to be a torrent,
and this puddle to be the sea.

When the child was a child,
it didn’t know that it was a child,
everything was soulful,
and all souls were one.

When the child was a child,
it had no opinion about anything,
had no habits,
it often sat cross-legged,
took off running,
had a cowlick in its hair,
and made no faces when photographed.

When the child was a child,
It was the time for these questions:
Why am I me, and why not you?
Why am I here, and why not there?
When did time begin, and where does space end?
Is life under the sun not just a dream?
Is what I see and hear and smell
not just an illusion of a world before the world?
Given the facts of evil and people.
does evil really exist?
How can it be that I, who I am,
didn’t exist before I came to be,
and that, someday, I, who I am,
will no longer be who I am?

When the child was a child,
It choked on spinach, on peas, on rice pudding,
and on steamed cauliflower,
and eats all of those now, and not just because it has to.

When the child was a child,
it awoke once in a strange bed,
and now does so again and again.
Many people, then, seemed beautiful,
and now only a few do, by sheer luck.

It had visualized a clear image of Paradise,
and now can at most guess,
could not conceive of nothingness,
and shudders today at the thought.

When the child was a child,
It played with enthusiasm,
and, now, has just as much excitement as then,
but only when it concerns its work.

When the child was a child,
It was enough for it to eat an apple, … bread,
And so it is even now.

When the child was a child,
Berries filled its hand as only berries do,
and do even now,
Fresh walnuts made its tongue raw,
and do even now,
it had, on every mountaintop,
the longing for a higher mountain yet,
and in every city,
the longing for an even greater city,
and that is still so,
It reached for cherries in topmost branches of trees
with an elation it still has today,
has a shyness in front of strangers,
and has that even now.
It awaited the first snow,
And waits that way even now.

When the child was a child,
It threw a stick like a lance against a tree,
And it quivers there still today.

『ベルリン天使の詩』ホームページより)

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james morrison―you give me something

Posted by Shota Maehara : 1月 1, 2010

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