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Shota Maehara's Blog

Archive for 2007年8月

「イージー・ライダー」とアメリカ―二つの自由精神

Posted by Shota Maehara : 8月 29, 2007

イージー・ライダー

イージー・ライダー

アメリカの魂を、良心を求めた男たちの生き様を鮮烈に描いたアメリカン・ニュー・シネマの代表作

メキシコから密輸したマリファナで大金を得たキャプテン・アメリカとビリーは、チョッパーの大型バイクに乗ってロサンゼルスを出発、当てのない旅に出る。

2人が求めるのは「自由」。だが、彼らの長髪にヒッピースタイルという姿を、全ての人々が認めているわけではなかった。

行く先々のモーテルで宿泊を断られ、野宿を強いられる日々。ラスベガスでは「無許可のデモを行っている。」と理不尽な言い掛かりをつけられ、留置場に入れられてしまう。だが、たまたま居合わせた酔っ払いのチンピラ弁護士ジョージ・ハンセンに助けられ、3人はニューオリンズを目指して一緒に旅をすることになる。

途中、ハンセンは2人に「自由を説くことと、自由であることは違う。誰もが自由を語るが、自由な人間を見ることが怖いんだ。」と語り、彼らは絆を深めていく。

しかし、彼らの存在を快く思わない保守的な連中に寝込みを襲われ、ハンセンは殴り殺されてしまう。キャプテン・アメリカとビリーは、ハンセンに連れて行ってもらうはずだった売春宿を目指し旅を続けるが、更なる悲劇が2人を待ち構えていた・・・。(AXN) http://www.axn.co.jp/movie/easyrider.html

序論

私は、アメリカには絶えず二つの「自由」が交わることなく、社会の表層と深層に分離して存在していると感じてきた。例えば、州の自治権を主張する「共和主義」と連邦政府の権限の拡大を求める「連邦主義」の長い対立の歴史がある。そして、南北戦争に至った南部の封建主義と北部の資本主義との対立がある。どちらも各々の「自由」を主張したが、その内実は決して同じものではなかった。

アメリカの国民的詩人ウォルト・ホイットマンもまた、代表作『草の葉』の序文の中で、アメリカの民衆の中に揺ぎ無い民主主義の理想をうたう。しかしあらゆる抑圧に反対する立場から南部の奴隷制の廃止を支持したものの、彼にとって南北戦争の勝者である北部の支配は別の形の抑圧に他ならなかった。

第1部

ベトナム反戦や学生運動が激しかった1969年にアメリカである映画が封切られた。この映画の名は「イージー・ライダー」(easy rider)である。内容は冒頭にあるとおりだが、ここにはアメリカの二つの自由精神の葛藤が見事に描き出されている。キャプテン・アメリカとビリーと一緒に旅に同行したハンセンらは、先々で宿泊を拒否され仕方なく野宿することになる。その時、アメリカの「自由」についてハンセンは印象深い台詞を述べている。それは次のようなものである。

「(人々は)君らを怖がっているんじゃないよ。」

「君らが象徴しているものを怖がっているんだよ。」

「奴らは俺たちを散髪の必要な人間としか見てねんさ。」

「君たちが象徴しているものは「自由」だよ。」

「自由のどこがいけないんだ。結構なことじゃねぇか。」

「確かにそうだが、自由にも二通りある。」

「君らの言う自由と奴らのいう自由とは似て非なるものだ。」

「彼らは自由というものをマーケットでものを買うように買うわけにいかないことをよく知っているんだよ。」

「でも冗談にも、奴らが自由じゃないなんて言っちゃだめだよ。」

「そんなことを言ったら、みんなは人殺しをしてでも自分達が自由だってことを証明しようとするだろう。」

「なるほどみんな「個人の自由」とかについてよくしゃべるよ。」

「しゃべるのはそら楽だからね。でも口先だけだよ。」

「違う自由がそこに現れると怖くてしょうがないんだ。」

「怖がってるって顔じゃない。」

「そう、かえって凶暴になるんだよ。」

このシーンは後の悲劇を予兆するかのようである。その直後、ハンセンはこの土地の住人に殴り殺され、他の二人も住民に射殺されて観る者を突き放すようにしてドラマは幕を閉じる。日本でも60年代の安保や学生運動に加わった世代なら、運動の挫折が政府の弾圧と大人たちの無理解からくる疎外感にあったことなどが思い起されるかもしれない。

いずれにしても私がここから読み取りたいのは、60年代に保守的な南部の農村や北部の資本家やビジネスマンが自分たちの体制の枠組みの中での「自由」を擁護するのに対して、若者たちのそれこそアナーキーな「自由」がマグマのように渦巻いて既成の秩序を乗り越えようとしていたことである。

第2部

日本でも60年代の安保や学生運動が沈静化し、資本主義的且つビジネスライクな生き方に批判的な左翼や学生セクトが崩壊した。さらに90年代になると冷戦も終結し、アメリカ的な自由競争、市場万能主義、いわゆる新自由主義が政府やメディアで支配的となった。こうした一連の流れの中で若者は右翼化し、朝日・岩波といったかつての左翼の権威的メディアを激しく批判している。まさしく日本では、雪崩れの如く押し寄せるアメリカ=資本主義に対して、それを支持する若者とこれを阻止しようとする官僚やマス・メディア側とのせめぎ合いが続いている。

しかし、ここにはある遠近法的な倒錯が存在している。なぜならアメリカは必ずしもイコール資本主義ではない。かつてと同様に流入する移民がコミュニティーを形成し、モザイク的な社会構成をなしている。さらに重要なことに、この国には党を持った共産主義者は少ないとしても、60年代の学生闘争の忘れ形見とも言えるリバタリアン/アナーキストの群が生息している。1999年のWTO(世界貿易機関)会議に反対したシアトルの反グローバリゼーション・デモはその潜在勢力が自らの存在を顕在化したほんの一例である。

第3部

では「リバタリアニズム」(自由至上主義)とは一体何を指すのであろうか。これに関してアメリカにおいても誤解があるようだが、日本でも例外ではない。一般にそれは右翼的で資本主義賛美の思想と見なされている。しかし代表的論客である経済学者ハイエクを見れば分かるように、それはむしろヨーロッパ大陸の社会思想の伝統でいえば、「初期社会主義」や「ユートピア社会主義」の思想である。ハイエクにとって、いまの資本制経済の下では個人の「自由」は、不十分にしか守られていない。したがって、彼はあらゆる規制を撤廃し、人々が自発的にルールを作るのに任せる、いわゆる「自生的秩序」を提唱した。彼もまたマルクスとは異なる形ではあれ、資本主義を超える社会を志向していたのである。この批判の契機が見失われれば思想は思想でなくなってしまう。

こうしたリバタリアン的水脈は、60年代70年代のアメリカのコンピューター産業の黎明期、東部エスタブリッシュメントの雄IBMに挑んだ西の雄シリコンバレーのインテル社やアップル社、そして現在で言えばマイクロソフトに対抗するGoogleなどの中にも見出すことができる。自らのアイディアを形にし、仲間に認められることを何よりの喜びとするエンジニアやプログラマーは時にビジネス一辺倒の経営に反発する。そこで彼らは会社を辞め、ベンチャーキャピタルの力を借りて自分たちの事業をゼロから立ち上げる。こうした循環がシリコンバレーでは繰り返されてきた。その意味で、シリコンバレーの精神は、資本主義的というより、「脱資本主義的」(trans-capitalist)なものであるといえる。もちろん着地点はビジネスであるが、同時にそれを超えようとする意志に突き動かされてもいるのである。

結論

ここまで私は、アメリカ建国以来の二つの自由の系譜―権威的自由と民主的自由―が60年代から今日まで脈々と受け継がれ、社会の表面に突如として革命的運動や起業家精神として現れることを素描してきた。社会的通念とは異なり、アメリカの資本主義を支えているのは、個人の独創性を信じ、より良い社会やコミュニティーを自らの手で築き上げていこうとする脱資本主義的な力なのである。その点で、彼らが理想とするウェブ上のオープンな空間は、「サイバーコミュニズム」(電脳共産主義)とすら呼び得るものである。

アメリカでは80年代にコミュニティーが加速度的に崩壊し、その隙間をインターネットがどのように埋めるのかが重要な課題となっている。日本でも90年代から2000年以降、会社共同体や地域や家族は否応なしに薙ぎ倒されている。私たちは帰属するコミュニティーの喪失と引き換えに自由を手にした。さらに手にした自由はGoogleという名のシステムに一極支配されたサイバースペース(電脳空間)である。テクノロジーは確かに人々を解放するが、同時にある種の専制へ道を拓きもする。

したがって、我々が認識すべきは、いずれかの自由がより優れているかではなく、ましてやアメリカを賛美することでもない。アメリカは絶えずこの二つの自由に引き裂かれているということ。そして世界でも稀なリーダーなき民衆の国として誕生したアメリカほどこうした矛盾が社会に亀裂をもたらす場所はないと知ることである。今後、環境、エネルギー、テロとの戦争、ITなどを通してその矛盾は、二一世紀の世界全体を巻き込む恐れがある。このエッセイは我々が明日を生き延びるための唯一の航海図として書かれたのである。

参考文献

■リバタリアン社会主義(アナキズムFAQ):http://www.ne.jp/asahi/anarchy/anarchy/faq/faqi1.html

■池田信夫ドット・コミュニズム:http://hotwired.goo.ne.jp/bitliteracy/ikeda/020925/

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岡倉天心とウィリアム・モリス 第3部

Posted by Shota Maehara : 8月 28, 2007

最後に岡倉天心の「個人主義」に関して、見過ごすことのできないのは、中国の道教思想、特に禅思想のかかわりで、室町時代の霊的、精神的な「個人主義」のエートスを評価している点である。坂部はこれについて次のように指摘している。

・・・それで、おもしろいことは、その禅仏教が、個人主義だということを非常に強く言っていて、やはり岡倉天心も九鬼周造もそういう武士的なプライドというか、そういうものを一応引いていたのでしょうか。禅の個人主義、まず自分の力で悟らなければいけないという、その禅の自力にむしろ岡倉天心は、共感したようですね。(「天心と九鬼周造―近代日本の個人主義の系譜」、二〇三頁)

坂部も別のところで指摘しているように、岡倉の「個人主義」が、「自己の個性を発揮する、あるいは自分が属する文化の個性を自覚すると同時に他人の個性も全面的に尊重する、他の文化のあり方も全面的に尊重する」という夏目漱石の晩年の講演(「私の個人主義」)を思わせるような観点から、やがて「アジアは一つ」という主張に表れた東西文明の融合へと至るコスモポリタニズム(世界市民主義)となるためにはこの説明以外のアプローチを必要とする。

禅仏教は、室町時代以前から日本に伝えられ、独自の文化を生みだし、とりわけ安土・桃山時代に豊臣秀吉によって庇護された千利休の茶の湯や茶室は、先に触れたように東西文明が流れ込んでくる集積地としての島国という地政学的位置がもたらした、文化・芸術の一つの極致であった。しかも、それは時の政治権力と鋭く拮抗しうる芸術の自律性を備えていた当時としては稀有な文化であった。

ここで特に強調したいのが、禅もしくは茶の湯における「個人主義」というものがあるとするならば、それは日々の自己を点検し、省みることで自らを自己制御していこうとする技術である、フーコーが晩年「自己のテクノロジー」とでも呼んだストア派的な思想であったことである。

晩年にフランスの哲学者ミシェル・フーコーは、イマニュエル・カントの「啓蒙とは何か」というテクストに着目していたが、それは近代以後の「自己」をセネカなどのストア派哲学のなかに見た事と通じている。セネカやアウレリウスは、政治や戦争という激務のなかで、その日の終わりに常に日記をつけ、自らの日々の行動を理性に照らしてチェックすることで、死という運命を諦念し、受け入れ、逆にその恐れから逃れようとした。その繰り返しという習慣性のなかにこそフーコーは、自己を形作ると伴に、制御する自己のテクノロジーを見たのである。特にアウレリウスはその世界市民主義によって知られている。

同様に、ドイツの思想家イマニュエル・カントは、晩年の「永遠平和のために」という世界平和論と合わせて読まれるべきテクストである「啓蒙とは何か」の中で、自らの属す国家や共同体を超える世界市民を創るのは、逆説的に聞こえるが徹底的に自らを省みること、自らの未熟な理性を開花させてやること、すなわち自己啓蒙こそが重要だと指摘する。そうした時にのみ、個人は社会や国家の一般的利害に囚われない、真の意味で世界的、普遍的な、パブリックな存在になると考えたのである。

ここからすれば、坂部が言うように、岡倉の思想の持つ「個人主義」がやがて世界市民へと向かう契機になるとすれば、それは「武士的なプライド」であるよりもむしろ、こうしたカントのような視点を、彼が明治初頭において保持し、その起源をロマン主義の時代区分に当たる一五、六世紀の「室町時代」のなかに見出したためであるとはいえないだろうか。これこそが近代日本における資本主義の精神としての「個人主義」の可能性であり、一六世紀に世界資本主義がもたらした同時代性でありかつ、一九世紀の産業革命と近代国民国家(ネーション・ステート)の確立によって劇的に隠蔽された歴史的視点だったのである。

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岡倉天心とウィリアム・モリス 第2部

Posted by Shota Maehara : 8月 28, 2007

坂部は先の講演の中で、岡倉天心が『東洋の理想』や『茶の本』のなかである種キーワードとして用い、主に一五、六世紀室町時代に花開いた「個人主義」(individualism)を概念付けて、ロックやベンサム的な政治的自由と区別するために、それをむしろ精神的なものに関わる「霊的自由」と名付けている。

かつてイギリスの批評家ハーバート・リードは、自由に関して、個人の能力を開花させる「自由」(freedom)と市民の社会的な自由を意味する「自由」(liberty)を区別する。更に遡って明治日本の自由民権運動期において、この外来思想としての「自由」とは如何なるものかが問われた時、東洋のルソーと呼ばれた中江兆民も「東洋自由新聞」の中で、自由とは政治的自由を意味する「リベルテ・ポリティック」であるより先に、それを成り立たせている精神的自由を意味する「リベルテ・モラル」であると主張している。したがって、同時期の福沢諭吉の同様の指摘を加味して考えるなら、このような坂部が指摘する岡倉の「個人主義」=「霊的自由」はある種時代の共通した雰囲気をその身に帯びていると言うこともできる。

しかし、より広い世界史的視野に立つ時、我々が想起しなければならないのは、そもそも資本主義を成り立たせている市民や個人主義のエートスには、はじめから精神的な、それこそ宗教的な響きがあったということである。言うまでもなく、このことを象徴的に表現したのは、マックス・ヴェーバーの著名な「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」という一連の研究である。

特にこの岡倉とモリスの思想のなかにある「個人主義」の問題にとって注目に値するのは、宗教改革以降のプロテスタンティズムがもたらした世俗内禁欲と天職義務の反営利主義が如何にその後営利的な近代「資本主義の精神」に転化したか、とりわけそこにおける「職人」の役割に注目している箇所である。日本におけるヴェーバー研究の先駆者大塚久雄は、次のように指摘している。

ところで、どうしてそのように変化していったのか。「世俗内的禁欲」のエートスの持ち主たちは、さきにも説明したように、小商品生産者たちのなかにいちばん多かった。ジョン・バニヤンなどがその典型です。彼はベッドフォードの郊外―この郊外のというのが重要なのですが―いかけ屋さんです。しかも貧乏ないかけ屋さんですが、立派な信仰をもっていた。こういう職人たちが、とりわけ郊外から農村(カンツリー)地域に広がっていた。こういう人々は、金儲けをしようなどと思っていたわけではなく、神の栄光と隣人への愛のために、つまり、神からあたえられた天職として自分の世俗的な職業活動に専心した。しかも、富みの獲得が目的ではないから、無駄な消費はしない。それで結局金が残っていった。残らざるをえなかった。(マックス・ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』岩波文庫、解説、四〇四頁)

この様に自立した小商品生産者たる職人たちが、「天職義務」(Beruf)を内面化し、産業経営者へと成長していく過程で生み出されていく「資本主義の精神」は、マルクスが言うような資本の本源的蓄積(農奴を土地と生産手段から引き離す過程=労働者形成の過程)以前のその前条件となる自生的マニュファクチュア段階を準備する。そして、マルクスが後にフランスなどの亡命先で直面するこうしたマニュファクチュアの職人―その多くはアナーキストであったが―こそが、当時の産業革命以前からの社会主義運動を担っていたのである。   

言うまでもなくその代表的な人物の一人がフランスのアナーキスト、プルードンであった。彼自身も植字工として諸方を転々としながら思索を続け、フランスの二つの革命の失敗の教訓から、これまで政治的自由が囚われている全体と個の弁証法的関係、すなわち政府と個人の自由をどう両立させるかという近代の躓きの石とでも呼べる問題に別様の答えを提示した。

すなわちそれは、単なる個人でもない自律した技術体系に支えられた職人達のマニュファクチュアが生み出す「自由」の「集合力」という概念であった。やがて、こうしたマニュファクチュアの職人達による連合=アソシエーションによって営まれる生産協同組合の考えは、産業革命以後国営の大工場制の前に消えてゆくが、日本の哲学者柄谷行人が『トランスクリティーク』の中で示唆するように、晩年のマルクスによってこの考えは依然保持され続けていた。

ここで注目すべきは、岡倉とモリスが生き、そこで思考した日本とイギリスこそ、近代芸術の中で絵画などの大文字の芸術に対して見下されてきた手仕事を重視する伝統をもち、多くの職人を抱えていた国であるという歴史的事実である。とりわけイギリスは産業革命による機械生産の脅威に反対して職人達による「ラッダイト運動」(Luddites)が発生した国でもある。これは、一八一一から一六年頃にかけてヨークシャーなどの工業地帯で起った機械打ちこわし運動を指している。

このように都市のギルド職人や、郊外から農村へ広がった職人達と結びついて農村地帯から始まったイギリスの産業革命はその成立とともに、当の担い手であった職人達を逆に抑圧してゆくことになる。その後、イギリスの反資本主義的な社会運動は、こうしたギルド職人のエートスを基に、組織されていくこととなるのである。すなわち、それがイギリス独自な社会主義運動である「ギルド社会主義」になるのである。我々が先に見たモリス等のアーツ・アンド・クラフツ運動もこの観点から眺められねばその意味の大半を失ってしまうといえるだろう。

まさにこうした世界同時代的な自由な「個人」によるアソシエーションの可能性を歴史的に、文化史的に探り、跡づけ、独自のコスモポリタニズム(世界市民主義)へと繋げたことに岡倉とモリスの仕事の平行性があったと考えられる。そうした歴史性を保持していると言う点で、彼らこそロマン主義者と呼ばれるべきであり、明治二〇年代以後近代の議会などの諸制度が確立していく中で見失われた日本とイギリスのロマン主義の系譜にある左翼的アナーキズム思想の知的水脈なのである。

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岡倉天心とウィリアム・モリス 第1部

Posted by Shota Maehara : 8月 28, 2007

 明治以降、日本の伝統美術は、お雇い外国人教師フェノロサによって見出され、後に彼に学びつつ独自の考えのもとに、岡倉天心は事実上彼を押しのけて、東京美術学校の校長の地位についた。そこで彼らの考えを決定的に分かったのは、日本の伝統美術に関する芸術観ばかりでなく、芸術を通した先にある社会形態・産業形態のヴィジョンであったと考えることができる。

すなわち、師のフェノロサは特に「美術真説」と題された講演の中で、浮世絵をはじめとする日本の伝統美術が、その明治初頭の日本で最大の輸出品であるこという認識に基づいて、今後よりいっそうの商品性を追求すべくまさに西欧で産業革命がもたらしたデザイン革命であるところの「美術」(芸術)と「技術」(労働)の分離をここ日本でも推し進め、後者をより重視すべきことを示唆した。

それに対して、岡倉天心は後に英語で出版された『東洋の理想―日本の伝統美術を中心として』の序文でインド名を持つイギリス人女性によって「日本のウィリアム・モリス」と呼ばれ、仕事の平行性を指摘されたことからも窺われる様に、同時代のイギリスの美術工芸家・作家・社会運動家のウィリアム・モリスの考えと親近性があったといえる。では、それはどのようなものであったか。

一九世紀ヴィクトリア朝のロマン主義詩人として知られていたモリスは、『政治的正義』の著者ウィリアム・ゴドウィンの大きな影響を受けたワーズワースやシェリーといったイギリス・ロマン主義を特徴付ける個人主義的アナキズム(無政府主義)の流を強く引く人物である。彼は、本質的に反資本主義、反産業革命の立場から、諸芸術の統合という理念を掲げて、ターナー以後に画壇を支えた青年画家・詩人達によって推し進められた、ルネサンスのラファエロ以前の自然な画風に戻ろうとする「ラファエル前派」と呼ばれる芸術運動に加わった。

後にこの運動は、文学、美術、彫刻、工芸などさまざまな諸芸術を再び産業革命以前にそうであったように建築を中心に統合しようとする、まさに近代建築・デザインの先駆けとなる「アーツ・アンド・クラフツ運動」(Arts and Crafts movement)に発展する。言うまでもなくこの運動は、中世に政治権力を排した自治都市において、ギルド職人達の手で作られた東西文明の融合の一つの極致であるゴシック建築をモデルとして、先の「美術」(芸術)と「技術」(労働)の統合をむしろ目指した運動である。

モリスは、こうした資本主義以前のマニュファクチュアの職人達に近代を成り立たせていると同時に隠蔽された自由で独立的な「個人主義」に基づいた社会を回復する可能性があると考えたのである。こうした、考えは運動の中心メンバーであったラスキンやミレー、ロセッティ、バーンジョーンズの著作・作品と相俟って、明治初頭(およそ十年代)の日本の代表的な知識人である夏目漱石や岡倉天心等に強く影響を及ぼした。特に岡倉においては、英語で出版された最後の著作である『茶の本』で示された禅道、茶室のなかにゴシック建築と同様の個人主義と東西文明の融合を見ようとしたことを我々は読み取ることができる。

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岡倉天心とウィリアム・モリス―ルネサンス的個人主義の誕生 序論

Posted by Shota Maehara : 8月 28, 2007

日本の哲学者・批評家坂部恵は、「天心と九鬼周造―近代日本における個人主義の系譜」(『ワタリウム美術館の岡倉天心・研究会』、右文書院、二〇〇五年)と題された講演の中で、特に岡倉天心と九鬼周造の二人を取り上げて、近代日本の個人主義の系譜に光を当てている。

その中で興味深いのは、一九世紀ロマン主義の源泉を中世の「ロマンス」(宮廷恋愛詩)にまで遡り、まさに正しい意味でロマン主義と称される彼らが、それぞれ日本文化史上における自由な諸個人の誕生という観点から室町時代、江戸時代を、非常に高く評価しているという点である。特にこのエッセイでは、氏の講演で簡単に触れられるだけに終った岡倉天心の「個人主義」に注目してみたい。

 

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都市と文明の考察―人間の外にある自然と内なる自然

Posted by Shota Maehara : 8月 26, 2007

raphael-Plato-Aristotle_yoestデカルト以来、、考えることとはすなわち常識を疑うことである。社会科学ではこれを「批判精神」(critical thinking)と呼び、まず最初に叩き込まれる。しかし、日常の生活の中で人はいかに考えずに過ごすように仕向けられてしまっていることだろう。マス・メディアもその悪しき一翼を担っているが、学問でも前提そのものを疑える人はまれである。かつて文芸批評家の小林秀雄はこう述べている。言語学者には「言語」に対する驚きがなく、同様に経済学者には「商品」に対する驚きが無い。この驚きの前に立ち止まれる人こそ批評家であり哲学者であるという響きがここにはある。

最近耳にする例で言えば「民営化」の問題がある。一般通念とは裏腹に、民営化によって推し進められるのは国営化である。新古典派経済学者は、自由市場は政府の規制がない時最もよく機能すると言う。しかし、歴史上政府の介入が無かった時期というものが果たして存在するのか。そもそも資本主義の前提である私的所有権は、まず先に国家が一定の領土を国有している事実があるからこそ保証される。ポランニーが指摘したように全国的自由市場を成立させたのはまぎれもなく国家である。その意味で資本主義の生みの親は国家なのである。

だから自由市場にすれば役人の数が減るどころか増える。なぜなら自由市場のルールを作り監視するためにますます多くの役人が必要となるからである。クリントン政権時代のアメリカ、ライブドア・村上ファンド事件以後の日本の経済官僚・東京地検の権力の増長ぶりを見よ。

さらに重要なのは、官僚とは市場法則とはまったく別の論理で生きる支配階級であると言う点である。極論すれば、たとえ国民が滅んだとしても彼らの生存がすべてに優先する。だから民営化した事業体に早晩官僚が天下ってくることは眼に見えている。それによってどれほど国民の反発を買ったとしてもである。すでに国立大学の東大や京大でこうした動きは始まっている。

では一体なぜこのようなことが起こり得るのか。それを知るためにはもう少し原理的に国家の起源を掘り下げて考察してみる必要がある。以下はその簡単なスケッチである。

人類は農業社会から工業社会へと発展するのに伴って、生活の中心が農村から都市に移ったとされる。これが近代の定説である。アーネスト・ゲルナーをはじめ多くの歴史家がこれを自明視し論を進めている。しかし、私にはどうしてもこのことが納得できない。なぜなら、聖書の紀元前の記述に、すでに人々の生活の中心として都市が描かれている。他方で農村の方は影が薄い。また神(ヤハウェ)はソドムとゴモラなど多くの都市を滅ぼすが、農村を滅ぼしたなどという話は聞かない。なぜだろうか。それはもしかすると当時の人々の生活の中心はすでに都市とともにあったからではないだろうか。私の疑念はここに始まる。

かつてローマ帝国が異教のゴート族に侵略されたとき、多くの人はローマがキリスト教化したことが原因ではないかと語り合った。これに反駁して、教父アウグスティヌスは412年から14年の歳月をかけて『神の国」(City of God)を著し、キリスト教の正当性を弁護した。彼が言う国とはいうまでもなく都市国家のことである。

諸種の技術革新が保守的な農村でなされたなどということがあり得るのか。本当にそこからやがて工業や都市が発展していく芽が生まれたのか。こうした疑問をエリック・ホッファーは投げかけている。人間は自然の脅威を前にして、都市を形成し、文明を築き上げてきた。したがって人間が都市を捨て去ることはふたたび自然へ従属させられることを意味する。人間がもっとも人間らしく創意工夫に富むのは自然を離れた都市の中でである。生涯を季節労働者、港湾労働者として生き抜き思索を続けた彼の視点には、近代人特有の自然崇拝という甘さはない。

近代に国民国家が誕生する以前を想起しよう。人類最初の文明は古代シュメールの都市国家とともに興る。後の中世においても教会権力に支えられたギルドの自治都市が勃興し繁栄する。そして近代になって初めて農村からマンチェスターなどの工業都市が発展していく。しかしここでも大塚久雄が明らかにしたように、当時既得権益化した都市の同業者組合のギルドに参入できなかった職人が郊外(カントリー)の農村へ多量に移動をはじめたことが産業革命の引き金になったと言われている。

かくして人類史の上で都市=国家が農村に先行していたということが事実であるとするならば、経済と国家の関係についてコペルニクス的転回をする必要が出てくる。市場経済を強めることによって国家や政府を不要にできると考える自由競争・市場万能主義は、今日の社会問題に対する本質的な解決にはならないということである。

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ベネディクト・アンダーソン『グローバリゼーションを語る』を読む

Posted by Shota Maehara : 8月 26, 2007

ベネディクト・アンダーソンは、アメリカのナショナリズム研究の権威として知られる。主著『想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行』では、ナショナリズムを人々の意識が織り成す一つの文化現象、「想像の共同体」と捉え多くの人々に批判と賞賛を巻き起こした。

彼は、講壇マルクス主義者として、この近代の文化現象は、新聞や小説という出版資本主義の誕生と深く結びついていると考える。つまり、「国民」とは、ある一定の政治的空間の中で、人々が同時に新聞や小説に描かれた人物にシンパシーを感じることによって生まれる。顔の見えない場所で今自分と同じように考え、悩み、行動している人がいる。このこと気づくとき、そこに「国民」という意識が生まれる。

今年5月に早稲田大学での講演を基に解説を加えて出版された『グローバリゼーションを語る』を読んだ。幾つかのブログでも好意的に評価されている。現在、彼はナショナリズムという現象を広くグローバリゼーションのなかで捉え直しているという。その際彼が注目するのは19世紀帝国主義時代のアジアの反植民地主義的なナショナリストやアナーキストの水平的なネットワークの広がりである。教授が明らかに、現在の世界各地で広がるテロリズムの再燃とのアナロジーで論を進めているのが伺える。

しかし、論としては立派でも、ここには現在のナショナリズムを突き動かしている本質的な要素が隠蔽されている。すなわち、「貧困」の問題である。ナショナリズムが本来どういうものなのかを語ることは難しい。そもそも「本来」などと言えるのかどうかすら。

ただ間違いなく言えることは、グローバリゼーション下の現在のナショナリズムは、資本の移動、移民、それによる労働不安、格差問題という国内の人々の苦悩や苛立ちを国外に責任転嫁する捌け口として再利用されているということだ。テロや宗教は、その現象面であって決してその物自体ではない。つまりナショナリズムは経済問題なのである。これを解決しようとせず、ただの抽象的な研究では本質的な理解に至れないだろう。何が人々をこんなにも突き動かしているのか、ということに。

宗教上の悲惨は、現実的な悲惨の表現でもあるし、現実的な悲惨に対する抗議でもある。宗教は、抑圧された生きものの嘆息であり、非情な世界の心情であるとともに、精神を失った状態の精神である。それは民衆の阿片である。―――カール・マルクス 『ヘーゲル法哲学批判序説』

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外資系投資ファンドの教訓―日本の会社の責任者はどこ?

Posted by Shota Maehara : 8月 26, 2007

1.投資ファンドへの異常な嫌悪感

先日のライブドアの堀江貴文被告に続いて、インサイダー疑惑に揺れる村上ファンド代表・村上世彰被告にも実刑判決が下された。彼ら二人の登場は、日本社会にとって決めて異質で、拝金主義と揶揄された。そのためこの判決を当然のことと感じられる方も多くいることだろう。

しかし、私には彼らの登場以上に、その後のマスコミや司法の対応の方にむしろ背筋が寒くなる思いがした。なぜなら、そこでは、極めて日本的な非近代的発想が顔を覗かせていたからだ。ニッポン放送の社長は涙ながらに、会社は社員のものだと記者の前で訴えていた。街頭インタビューでも、「会社は株主のものか」という質問に、「いや社員のものだ」と言う発言が繰り返された。

2.「所有と経営の分離」の原則

本来株式会社とは、「所有と経営の分離」の原則に基づいている。それは、近代の「所有権」の概念から由来する。すなわち、ある建物を所有する人と、それを実際つかって占有する人との区別だ。実際使っているか否かにかかわらず所有権は、排他的に前者に帰属する。これが大原則だ。これがあるゆえに株式会社が成立し、資本制経済も円滑に行われる。だが、残念ながらこの「所有権」の概念は、「日本人の法意識」(川島武宜)として結局根付かなかった。いや、「権利」一般が理解されていないというべきだろう。その意味で市民社会以前としか言いようがない。

今回ブルドックソースにTOB(株式公開買い付け)を仕掛け、司法によって阻止された話題の米スティールが記者会見を開いた。そこで日本の企業や司法の政策を酷評したという。これは外国人の眼から見て極めて当然のことだ。外資系企業や投資ファンドにとって、文化摩擦ならぬ、文化断絶と映っただろう。資本の自由化に対してあらゆる国が、自国の産業を保護しようとするのは世の慣わしだ。だから、そのために正々堂々とダブル・スタンダードで対処すればよい。なのにかかわらず、株式会社に関する法律を曲解して、情に流された判決をするのは戦前の日本人のファシズム思考への逆戻りだ。

3.「権利」と「現実」の分離―チェック&バランス

最近市民派の碩学岩井克人教授までもが「会社は株主のものだという考えは、法理論上誤りだ」と述べていると聞く。氏の論争的な主張は、それとして理解できる部分もある。しかし、資本主義を市民主義で批判しようとするあまり、このままでいくと資本主義のおかげで実現する人間の基本的な「権利」すらないがしろにされる恐れがある。これは氏の考えとしても本望ではないだろう。

もちろん株式会社とはそもそも投資家が、経営者に事業を任せて利益を上げる金儲けの仕組みである。ただそれ以上に、私は個人的になぜ権利という抽象的なものが現実の占有と分離したのかというと、それによって現実を批判し、行動をチェックするためではないかと考えている。会社でいえば経営者の行動を株主に説明できるようにし、絶えずチェックしてもらうためだ。そのために公認会計士も本来は株主が雇う。だから中立性を維持できる。

しかし、日本ではこの関係が逆転してしまって、経営者や社員が株主をいかがわしいものと感じ、指導しようとする。そこで公認会計士をあろうことか経営者が雇う。結果株主は経営者の経営を公平に判断する会計士という手段を失う。このチェック&バランスの逆転、喪失は日本の企業や司法のゆくすえにどんな影響を及ぼすのだろうか。ましてや国家と国民の権利・義務の関係においてはなおさらである。

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ITによるフラット化幻想、ネット・デモクラシー幻想に警戒せよ

Posted by Shota Maehara : 8月 19, 2007

★スポンタ中村さん。昨日は、コメント頂きありがとうございました。

スポンタさんは、自由民権運動以来の民主主義を民意を代表せず、都落ちした者たちの反抗の場という側面から批判されていますね。言わんとする点はよくわかりますが、この批判では不十分です。

運動にはある生命サイクルがあります。萌芽期、成長期、高揚期、定着期、老衰期とします。おそらく、自由民権運動の評価すべきは、これが単に民主主義運動だけではなかった点です。萌芽から定着期まで、民主主義、自由主義、アナーキスト、キリスト教主義、社会主義も加わった多様な空間でした。これらがまだ分岐する前だったからでもあります。

そして私はこれこそが運動の最大の問題点だと確信していますが、「運動」はある時期から「組織」に成らねばなりません。組織なき所に、運動の広がりもありえないからでもあります。この定着期以降において、運動内部の締め付け、派閥・権力闘争いわゆる排除の論理がでてきます。

個人の多様性を保ちつつ、尚且つ組織的な連携をいかに作り上げるか。これが問題であって、民意を代表する云々は本質的な問題ではない。少なくとも私は民意を代表するなどというおごりは口にしたくありません。

「リベラル」のあいまいさをご指摘なさいましたね。これは以後気をつけます。私にとって、リベラルとは、漱石や内村鑑三以来の明治個人主義をさしています。それは運動や組織や集団に加わることが個人主義を放棄する理由になってはならないという教訓から生まれました。また「教育」とはそうあるべきだからです。

さて、スポンタさんのエントリである「インターネットのフラット幻想に惑わされるな。ネットがもたらすデモクラシー幻想は不毛である」を興味深く読ませていただきました。これは声を大にしていいたいほど重要な指摘ですね。

インターネットは確かに、フラット化=平等化のきっかけを与えるが、いま現在世界の権力構造は全くといっていいほど変わっていない。むしろ、強化されている面もある。フリードマンもそのことにある程度自覚的でしたが、不十分でしょう。現在のポピュリズムに警戒しつつ、スポンタさんが提唱する「多様なアルゴリズムの並列」に賛同いたします。

ぜひ私の方でも、ご指摘のあった「トリガー論・コミュニケーション論・コミュニティー論」を今一度考えてみたいと思います。お手数ですが、この記事のURLを教えていただければ幸いです。

参考:スポンタ通信2.2 http://sponta.seesaa.net/

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ネット言論の秩序に対する二つの見方―ハイエク派とマルクス派

Posted by Shota Maehara : 8月 17, 2007

スポンタさんと私の「ネット言論における秩序」の捉え方の違いをもっとシンプルにいえないかと考えました。次のように要約してみます。

A.ハイエク派=自生的秩序(spontaneous order)

→ スポンタ中村さん

B.マルクス派=自然成長性(naturwuchsigkeit)

→Critical Horizon

A,Bともネット言論の秩序を提供者が前もって決めて、みながそれに従う秩序観に対して、ユーザーが自然発生的に緩やかなルールを作るような秩序観であるという点では同じである。

しかし、私は、前者に計画経済と同じような予定調和性、目的論的意図をつまりアダム・スミスの唱えた「神の見えざる手」以来の神学臭さを感じています。その点が、池田信夫さんに同意しながらも完全に一致できない点なのです。

それに対して、マルクスの「自然性成長性」とは、「計画的な組織によって管理できないが、同時に自生的秩序なるものを絶えず解体してしまうものでもある」。このアンチノミーの上に社会のダイナミズムを捉えるべきだと私は考えています。

※スポンタ中村さんの著書『サイバージャーナリズム』(ソフトバンク新書)によれば、「スポンタとは“spontaneous”(率直な)の略」だそうですね。不思議にも上記の主張とピッタリ合ってしまいました。あくまで余談ですが。

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