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Shota Maehara's Blog

Archive for 2008年10月

友情論

Posted by Shota Maehara : 10月 29, 2008

恋愛は何か本当のことを聞かされたために滅びることがある。友情が何かの嘘によって滅びるように。―アベル・ボナール 『友情論』

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人は戦場で何のために命を賭すべきか

Posted by Shota Maehara : 10月 28, 2008

もし明日あなたは国のために戦地に赴かねばならないと告げられたら、私ならばどう答えるだろう。きっと何度も逡巡した挙句、次の結論に達するのではないか。何故大義のない戦争で死ななければならないのか。私はその無意味な死を考えると恐ろしい。臆病者と嘲笑い軽蔑もされるだろう。しかし、本当に国家のために戦争で死ぬことだけが正しくまた勇敢なことなのだろうか。私は何かに命を賭けることが惜しいのではない。自分の信じるもののためになら死ぬことも厭わない。では、自分にとって命を賭けるに値するもの、それは一体何であろうか。

イギリスに『四枚の羽根』(A・E・W・メイソン作)という古典的名作がある。この作品は、二〇〇二年にイギリスとアメリカの合作『サハラに舞う羽根』(原題:The Four Feathers)として、六度目の映画化がなされた。監督はシェカール・カプールである。実はこの作品の主題に関して、初めて見たときあまり判然としなかったが、今になってみるととても切実で重要なメッセージを含んでいることに気づかされる。

一八八四年の大英帝国が舞台である。将軍の息子ハリーは、美しい婚約者エスネと親友のジャックをはじめ三人の友人に囲まれていた。陸軍士官である彼らの下にスーダンへの召集令状が下る。まだ見ぬ戦地を思って、武者震いする仲間たち。ただ一人ハリーは、浮かない顔をする。「自分にとって大切なものを犠牲にしてまで、英国の領土を拡大するためだけに、不毛の砂漠を奪いに行く価値はあるのか?」、こう彼は思わずにはいられない。そして、ハリーは一人除隊を決意する。

三人の仲間はハリーを臆病者と罵りその象徴である白い羽根を渡して戦地に向かう。そして、恋人のエスネにも白い羽根を渡されてしまう。ただジャックだけは、ハリーを信じて庇うが、やはり彼の本意は掴めぬまま戦場に向かう。やがて、スーダンの戦況が伝わってくる。次々と告げられる戦死者の名。灼熱の砂漠で、部隊は苦戦を強いられる。そんな中で、かつて「君になら僕の命を託せる」と言ったジャックの言葉が、彼の脳裏を離れない。ハリーは居ても立ってもいられなくなり、現地のアラブ人になりすまし、仲間を助けに向かうのだった。

前線でジャックの連隊は、サハラ砂漠を進軍していた。だが移動中の連隊は無数の反乱軍に包囲されてしまう。反乱軍に紛れて連隊に舞い戻ったハリーの目に飛び込んできたものは、狡猾な反乱軍に翻弄され、大混乱の中で敵や味方の銃弾に倒れる仲間、そして、目を負傷して苦しむジャックの姿だった。ハリーはジャックを助け出した時、落とした手紙からジャックのエスネへの愛を知ることとなる。ハリーは動揺しながらも、ふたたび捕虜として連れ去られた仲間の救出に向かう。

やがて、仲間を収容所から助け出したハリーは、故郷の英国に戻りその勇気を称賛される。一方で、失明し故郷に戻っていたジャックとエスネはすでに婚約していた。ふたたび現れたハリーを前に、かつての恋人エスネは後悔の念に涙を流す。ただ時はもう戻らない、運命だったと諦めるしかないと告げる。そんな時かつての友と再会したジャックは、ハリーに触れたとき自分を助けてくれた男の「正体」を知るのだった。かつて白い羽根を渡された親友は、やはり真の友であり、自分の尊敬できる男だと確信する。そしてエスネとの婚約を破棄するのだった。

確かに国のために死ねるか否かの前には選択の余地は残されていないように見える。人間は個人より大切な共同体のために命を捧げるべきだという主張は道徳的に正しいかのように見える。国のために死ぬことだけが勇気のある行為であり、それ以外は臆病者、非国民であると。しかし、この映画が示唆しているのは、国のためではなく、友のために命を賭ける行為こそ本当に誇りある、高貴な生き様なのではないかというメッセージである。

私はこの文学や映画が英国で長らく愛されてきたという事実に感銘を受けざるを得ない。それは自由を重んじるイギリス人が国民として持つべき「道徳」だけでなく、人間として持つべき「倫理」の存在をも直覚し、心にとどめておこうとしているからである。一人の自由主義者として戦争に立ち向かわねばならなくなった時、私もまたこの映画を思い出すことだろう。

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理論の奴隷

Posted by Shota Maehara : 10月 28, 2008

事実はことごとくこれを信ぜよ。理論の奴隷となるなかれ。―――内村鑑三

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何が現代文明を疲弊させるのか―「公正」という名の支配

Posted by Shota Maehara : 10月 20, 2008

昭和という時代を振り返ると、人々の暮らしは今よりはるかに貧しかった。貧富の差はもちろん部落や在日朝鮮人への差別も根深く残っていた。その中で60年代の学生運動は、安保闘争から始まって、国家権力と資本主義への異議申し立てへと発展した。と同時に文化的にはクラシカルなものから漫画・ポップソングなどのサブカルが台頭し始めた。それはまた西欧に追い付き追い越せというスローガンの下に人々が熱くなれた時代でもあった。

それに対して、我らの時代はバブル景気による未曾有の繁栄を経て、幸福を手にしただろうか。確かに、あからさまな社会的差別はなく、男性も女性も能力さえあれば、社会的成功を手にすることができる。格差といえどもそれは公平なルールに則ったもので、もしそれでも不満ならより公平な社会を目指す積りがある。さらには、万が一の場合に備えて、弱者の救済策も講じる用意が出来ていると嘯く。かくも素晴らしき私たちの新世界は、かような程まで完璧なので、根本的なイデオロギーの対立は消え去り、ただ民主政治の下で、経済競争から毀れ堕ちた労働者や母子家庭や介護などの面倒を国家が見れば済むのだ。

では何が私たちの現代文明を疲弊させているのか。なぜ今日の弱者と呼ばれる人々は自分の力で這い上がれないのか。そこに何か見えない格差のメカニズムが働いているのではないかと人々は疑っている。

しかしこれは事実ではない。むしろ、我々の不幸は、公正過ぎる社会からもたらされる。かつて生まれや性別によって貧富の差があった時代は、そこで生まれた人間にはそうした社会への憤りとそこから這い上がろうとする底知れぬエネルギーが湧いてきた。自分は本当は何かできるはずだ、もしチャンスさえあればと。悪いのは社会であって、自分ではない。そう思えることは人に力を与えてくれる。だがひとたび社会全体が公正なルール・基準を適用し、その下で能力社会を目指すならば人は一体誰に失敗の原因を負わせることができるだろうか。この惨めな自分以外に。

だからグローバルな競争におけるイスラム原理主義者や、ネット難民や陰惨な通り魔事件の犯人たちの無気力さや他人を道連れにして死にたいという願望は倒錯的なものである。彼らに自己責任を迫っても無意味であろう。なぜなら、自分達がいかにダメかということ知り抜いているのはまぎれもなく彼ら自身なのだから。彼らは社会の不正を訴えているのではなく、人間はあまりにも公正な社会には耐えられないことを訴えている。すべてが自己の責任であることを知りぬいている彼らは、人間の尊厳をもはや保つことができない。だから最終的な解決策として、自らの破滅を代償にして相手の幸福も奪う道を選んだのである。

アドルノが述べたように、文明は啓蒙を押し進める過程で、いつしか野蛮な社会に道を開いてしまうことがある。このように見てみると、現代のテロリズムの背景にあるのは、リベラルで啓蒙主義的な「公正さ」への要求である。社会は人間を公正に取り扱えば扱うほど、人間を何の変哲もない不揃いの駒とみて、ある一定の規格から外れたものを除外する。この公平な基準から除外されたものは自分の能力のなさを呪うしかない。そしていつ追い落とされるか分からないと焦りながら働く私たちもまた、ふと帰宅途中の喫茶店で、「自分に本当に価値はあるのだろうか?」とひとり呟いたりする。

でも現代文明を疲弊させている本当の病は、未来だけが目的で現在はその手段に過ぎないという生き方を強いられていることだ。我々はまるでどこまでも続きそうな果てしない道を、風に舞いあがった埃に目を細めながら、遥か先を望もうとして命を削ったり、傷ついたりしている。そんなものは蜃気楼かもしれないのに。それよりも大切で、確実なことがある。今を積み上げることだ。今を積み上げることでしか人生は形作られない。あらかじめ用意された地図などどこにもないのだ。人はどれだけ多くの時間を今を楽しまずに、先を見続けることのみに費やしてきたことだろう。まさに新約聖書の教えにある通り、我々は明日のことに思い煩らわず、何が必要かを見極めてただ今を生きてゆくべきなのだ。

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アテナイの少数派

Posted by Shota Maehara : 10月 17, 2008

世界中の思慮深き人はみな、民主主義の敵である。なぜなら、思慮深き人々の特質が、首尾一貫した思想にあり、不正を憎むことにあり、改善へのたゆまない努力にあるとすれば、大衆の特質は、無知にあり無秩序にあり優れた者への嫉妬にあるからである。貧困は不名誉な行いに走らせ、教育の欠陥は、俗悪と無作法をはびこらせる。そして、大衆は常に多数なのである。―塩野七生 『サイレント・マイノリティ』

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<政治的なるもの>の概念図

Posted by Shota Maehara : 10月 12, 2008

国家(法的枠組)———————————————————————–

① 官僚制 <目的合理性> ×

② 議会制 <共同主観性> ×

③ 大統領制 <決断主義> ○ 

————————————————————————————-

③’⇒⇒⇒法の外(天皇/ヒトラー)by ハイデッガー&シュミット

 

<注記>

1. 主権について:「主権者とは、例外状況にかんして決定をくだす者をいう。」(カール・シュミット『政治神学』、p.11)

2. 「決断の瞬間は狂気である。/The instant of decision is madness.」(セーレン・キルケゴール)

3. 議会制について:「そこでは、個々の主観を超えた真理があるのではなく、それらの討議による「公共的合意」によって得られる暫定的な真理があるだけだ、と。」(柄谷行人『倫理21』p.87) ※一般意志(ルソー)のことか

4. シュミットについて:「カール・シュミットがいうように、議会制は、討論を通じての支配という意味において自由主義的であり、大統領制は一般意志(ルソー)を代表するという意味において民主主義的である。」(『表象と反復』、p249)

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二足のわらじのすゝめ―『釣りバカ日誌』より

Posted by Shota Maehara : 10月 10, 2008

『釣りバカ日誌』は、山田洋次監督が脚本を手掛け、国民的映画となり、シリーズ化されて現在十九本製作されている。

物語は、釣りバカの浜崎伝助(西田敏行)が、高松から東京の鈴木建設本社へ転勤するところから始まる。そこで彼は、会社の社長鈴木一之助(三国連太郎)とお昼休みに食堂で出会う。お互いのことを知らないまま、「ハマちゃん」「スーさん」と呼び合うまでに意気投合した二人は、次の休みに釣りに行く約束をする。

実際は、「スーさん」は会社の社長で、「ハマちゃん」は社員なのだが、釣り関しては「師弟」の間柄に逆転する。会社にいる間も釣りのことばかりに気が散っているハマちゃん。こんな彼ををしょうがない奴だと言いながら上司や同僚はかばってくれる。やがて、社長のスーさんはハマちゃんと出会って釣りの面白さに魅せられ、いままでと違う自分を見出していく。

このあり得ないユーモラスな物語は、日本の企業戦士たちへのピリッと辛い風刺である。日本では大企業になればなるほど、会社に人生の大部分を捧げる人が多い。また世間でもそのことを美徳とする節がある。だから一人で二足も三足も草鞋(わらじ)を履く人はあまりいない。でも、もしハマちゃんのように会社がすべてではないと思えたらどんなに人生は楽しく思えるだろう。これがこの映画の最大の魅力になっている。

たしかに二足の草鞋を履く人はただの会社人間にはない魅力がある。きっと人生で仕事と遊びを同時に楽しめる人は、仕事の顔と遊びの顔を両方持っているからだろう。つまり、会社に依存せず、自分というものを大切にしているのだ。こうした人は最近若い女性たちの中にも増えてきている。例えば、以前職場で出会った女性に、OL業をしながら子育てするいわゆるシングルマザーが多くいた。その一人とこんな会話を交わしたことがある。

「仕事をめい一杯やってから、子育てをするなんて凄いね。」「二つ仕事を同時にやっているようなものだよね。」

「うん、そうだね。でも、仕事は時間がたつほど疲れが溜っていくだけだけど、育児は大変でも喜びがあるよ。」「いつも早く家へ帰りたいって気持ちになるもん。」

「ああそうか、二つは全然違うんだね。」

本来都会は多くの出会いの場であるはずなのに、一部の男女はそこにおらが村を作りたがる。会社に依存して、自分というものを持たない。だから何でもやれてしまう。それに対して彼女たちのように同時に複数の場に所属している人は、海外では決して珍しくない。趣味や育児やボランティアをしながら、仕事では得られない喜びをそこから得ている。何よりそれは多様な見方を自分の中に養ってくれる。

こうしたライフスタイルを愛する女性がもっと多く現れることを願う。それがタコ壺化した日本を変え、明日の市民社会を築くきっかけとなるだろう。

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風に舞う羽根

Posted by Shota Maehara : 10月 10, 2008

人生はチョコレートの箱のようなもの。開けてみるまでわからない。―フォレスト・ガンプ

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自由政治と市民社会の省察

Posted by Shota Maehara : 10月 9, 2008

 1. 一つの組織に我が身を捧げる人々

近年、政治や企業における相次ぐ不祥事が問題となっている。そして、そのたびに私たちは記者会見で国民に頭を下げる責任者の姿を目にする。さらに殺傷事件を起こす子供や若者、そして育児を放棄する親たちの無責任が問題となっている。こうした現象は総じて国民のモラルの低下という道徳的な側面から批判され、その中でも行き過ぎた個人主義の弊害であるという意見が実しやかに囁かれている。

だが、私にはむしろこうした現象は行き過ぎた平等主義の弊害であると考えられる。例えば、政治家や官僚の汚職、企業経営者の不祥事の背景にあるのはむしろ「こんなことは誰でもやっている」という横並び的な意識なのではあるまいか。実は最近の人々のマナーの低下の深層にあるのも自分一人が勝手なことをやりたいという意識ではなく、みんなもやっているから大丈夫だという悪い意味での平等意識である。往々にして自分一人でやることは勇気がいるし、社会的責任も伴うものである。

さらに、私がショックを受けるのは、そこに垣間見える恐ろしいまでの個人の欠如である。例えば、ある企業が汚染された米を新米に混ぜて売ってしまった事件がある。現場では上の命令でやったと主張し、上役は自分が考案したが実行したのは現場の人間だという。この両者に共通しているのは恐るべき自己責任の欠如である。指示した経営者もさることながら、人に害のある米を混ぜろと仕向けられ、それに逆らえないのが会社の社員というものなのであろうか。結局はどちらにしても自己の責任をあまり感じずにいられる。これではまるで戦前の軍隊における「無責任の体系」(丸山真男)という他ない。

確かに人は会社で働くことで成長することができる。だが同時に会社で働くことが人格を歪ませてしまう側面もある。人は組織の一員になると社会的にやって良いことと悪いことの区別に無感覚になってしまう。なぜなら組織の一員と言う意識が私個人の人格を見失わせてしまうからだ。単純にこうした問題の背景にあるのは、企業以外に自分を成長させられる場を持っていないことである。私の経験からも、そうしたタイプは人生の大部分の時間を仕事のみで終える人が多い。仕事に燃えるのは結構だが、会社に身を捧げ過ぎてそれ以外の自分を見出すことができないのである。もしくは組織を出ればただの人になるのが怖いのかもしれない。

 

2. タテ社会とヨコ社会の再検討

人類学者の中根千枝は『タテ社会の人間関係―単一社会の理論』(講談社現代新書、一九六七年)の中で、日本をタテ社会と規定して欧米のヨコ社会と比較している。それらを要約して整理すると次のようになる。

(1)タテ社会(場・人間関係)――――村(ゲマインシャフト)
(2)ヨコ社会(契約・ルール)――――市民社会(ゲゼルシャフト)

中根はタテ社会では、集団内での極端な平等主義により結束が生まれ、その反面自分が所属する唯一の集団の内と外は対立関係にある。それに対し、ヨコ社会では幾つかの契約やルールを共有する者同士でネットワークが生まれ、個人が複数のサークルに同時に所属できる。その上で日本のタテ社会を「単一社会」と呼び、その特徴を人類学的に分析している。

しかし果たしてこれを日本社会だけの特徴と見なして済ますことができるのだろうか。むしろ私は、(1)のタテ社会こそ民主政治の特徴であり、(2)のヨコ社会こそ自由政治の特徴と見なすべきであると考える。自由政治は市民が同時に複数の集団に帰属することによって多様な自己を獲得している社会であるのに対して、アテネの民主制やアメリカのタウンシップを見ても明らかなように、民主政治は狭い共同体の中での成員間の平等(=相互扶助/互酬制)に基づいて営まれてきた。

したがって民主政はその起源から、ヨコ社会=市民社会=自由政治とは異質な原理に基づいている。だからもし、こうした民主政治によって狭い村を越えて国を統治しようとすれば、必然的に国民間の平等が基軸とならざるを得ない。すなわち近代の民主政治そのものが一国単位で単一社会を生み出していく仕組みなのである。これはナショナリズムの問題とも関わっている。

 

3. 近代化と民主化の流れ

そもそも近代化とは、中世の封建社会における国家から相対的に自立していた様々な諸集団を廃し、市民の帰属を国家へ一元化する過程であった。例えば、職人などの職業組合(ギルド)、自治都市や教会の勢力はその代表的なものである。なぜならば、社会における多様な利益集団・信仰集団の存在は、人々を国家の下で国民として組織するために、同質化=平等化するための妨げとなったからである。

こうして、身分秩序の中で異なった生活を送っていた諸階層が、すべて平等な存在として法的に認められることになった。いうなれば、所属している集団や共同体の違いによって様々な顔をもっていた市民を解体し、再び同質的な国民へと再構成するのである。この結果国家と国民は一体であるという表象が生まれ、いわゆる国民国家(ネーション・ステート)が完成する。

歴史的に、こうした近代化の過程は、民主化の運動によって推し進められた。諸個人を所属する集団や地域から引き剥がし、すべてを平等な国民として扱い、全国規模の議会を作った上で、自らの民意を反映させるべく普通選挙を実現させる。それによって、自分や彼らもまた同じ国民なのだという強烈な平等意識、すなわちナショナリズムが形成されてくる。その意味で、ナショナリズムとは民主化運動とその歩みを同じくする。こうして各々の郷土への愛着は、国家への愛国心(ナショナリズム)に置き換わる。かくして近代化の過程とは、国家の上からの政策と、国民の下からの民主化運動とが合流して完成するのである。

日本はこれを明治・大正期に、自由民権運動や大正デモクラシーによって経験する。ただし、日本の家父長主義や寄生地主制や日本的経営などの問題は戦前・戦後を通じて日本の近代化の遅れや不徹底からくると歴史家によって見なされてきた。前記の中根の研究もこの線上にある。そのため、日本はもっと近代化せねばならない、近代民主政治を根付かせねばならないと叫ばれてきた。

 

4. アジアと自由政治の欠如

しかし、これまで記述した近代化の過程を俯瞰するとき、日本は世界でもこれ以上にないほど近代化=民主化した国であるように見える。例えば、高度経済成長期には一億総中流ともいわれ、時には共産主義以上の平等な社会を実現したとまで評価されたからである。それならば、日本は封建的遺制を残しているというよりは、完全に払拭してしまったというべきなのではないか。しかしまた同時に、日本特有の「世間」という考え方や、集団意識の強さ、個人の欠如はなにゆえ散見されるのか。

それに対して、私は次のように考える。すなわち、自由民権運動の過程で、個人の「自由」に立脚した上での自由民権ではなく、逆に狭い村落共同体における「平等」という意識の延長戦上に自由民権という考え方を打ち立てたからではないか。その意味で自由主義の観点から見て、自由民権運動には二つの問題点があったと言える。第一に、上記の帰結として、徒党を組むだけでそこに個人がないこと。そして第二に、個人は何か主張すべきことがあるからこそ、言論の自由を求めるのに、日本ではむしろ自分自身の主張や意見もないのに、ただ言論の自由や参政権を要求したことである。

確かに、民主政治は共同体内の平等を実現する。しかしその裏側で自分たちに同調しない者を排除=差別する。それは同じ民族(えた・ひにん)である場合もあり、異人種(ユダヤ人・黒人)である場合もある。さらにこの民主政治の排外性はナショナリズムによって強化される。だから人々はこうした自分の帰属する唯一の共同体から切り離されることを極度に恐れるのである。いずれにせよこうした民主化=平等化の問題は、アジアなどの共同体が強い地域ではさらに深刻である。政治学者の石井知章は、アジアの民主政治について次のように述べている。

これに対して、ヨーロッパにおいて市民的な自由の対立物として扱われてきた専制概念は、中国では必ずしも無条件に自由の概念と対立するものと理解されてきたわけではなかった。というのも、もともと中国における個の概念とは、私=エゴイズムと密接に結び付けられてきたがゆえに一旦は否定されるべき対象であり、国家を私する皇帝の専制に対抗すべき民権とは、「個々の民の私権いわゆる市民的権利ではなく、国民ないし民族全体の公権」(溝口雄三)だったからである。したがって、例えば陳天華が反専制の向こう側に自由を求めたとしても、それはヨーロッパ的な「個人の自由」とは厳密に区別された総体の自由としての「民族の自由」に他ならなかった。つまり、「アジア的」なリベラル・デモクラシーとの関連でいえば、「進歩と専制」という座標軸の中でデスポティズムの問題が語られるとき、そこで優先的かつポジティブに評価されたのは、専制に対するデモクラシーであっても自由そのものではなかったのである。(第三章「東洋的専制主義の位相」/『K・A・ウィットフォーゲルの東洋的社会論』、社会評論社、二〇〇八年、p.148)

このように石井は共同体の規制が強いアジアでは、「デモクラシー」(民主政治)は生まれても、「リベラリズム」(自由政治)は育ちにくいと述べている。その意味では、民主化はアジア社会と親和的であるとすら言えよう。そして彼の主張を敷衍すればアジアの民主政治と東洋的専制主義は必ずしも相互に排他的なものではないとを示唆しているようにも見える。なぜならこうした農村共同体を基盤とする限り、国家は民衆を保護する家父長的な守護者としてつねに立ち現れてくるからである。たとえそれが民主政治と呼ばれようともである。

 

5. 西欧と自由政治の衰退

 だが同時に西欧先進国の民主政治の動向が懸念される。歴史的に、ナポレオン三世やヒットラーの台頭に見られるように、ファシズムは近代民主政治を基盤にしてこそ生まれるといえる。彼らは国民の眼に時代の不況や不安を一気に解消してくれる絶大な守護者として表象されるからである。こうして自由政治の理念が忘れ去られた近代民主政治の下では、政府はつねに人民の名のもとに、権力を拡大する。なぜなら経済にせよ教育にせよ、個人が解決できないなら国家権力が代わりに解決しようと言うことは一見もっともだからである。

確かにマルクスが指摘するように資本制経済や市民社会には様々な矛盾に満ちている。例えば、貧困格差・環境破壊そして戦争などである。そのため市民社会への批判は絶えない。だが、一度も市民社会が存在したことがない国でその衰退を叫ぶことは何を意味するだろうか。それは文明を放棄して野蛮へ向かう道であろう。それを乗り越えるのは過去に起こった出来事のように、多様な価値観を包含した市民社会や自由政治を放棄することであってはならない。互いの差異を認め合った個人の存在なき運動や政治はいかに崇高な理想からなされたものでも、専制下での平等=隷従へと至る。かつてファシズムやボルシェビズムに反対して自由主義や擁護したハイエクは述べている。

人びとを平等に取扱うことは自由な社会の条件であるのに対して、人びとを平等たらしめようとすることは、ド・トクヴィルが述べたように、「隷従の新しい形態」を意味する。(「真の個人主義と偽の個人主義」/『市場・知識・自由―自由主義の経済思想』、ミネルヴァ書房、一九八六年、p.19)

西洋の伝統の中で生まれ、ふたたび見直されるべきは民主政治ではなく、自由政治である。民主政治はアジアにも見出し得るが、自由政治は西欧にしか見出せない。自由政治の理念は、人間の複数性を認め、他者や異論を尊重することである。こうした市民社会の多様性こそが、ナショナリズムや世論に見られる一枚岩的な議論や政策に対する防波堤なのである。その上で絶えず次のことを思い出すべきだろう。「他人は欺く。ならば、自らの頭で考え行動せよ。最後は自分自身だけが頼りなのだ。」―これが自由政治の出発点だからである。そして、こうした自らを律することのできる諸個人が一人でも多く存在する市民社会の誕生こそが次なるリベラルな社会正義を実現していく段階に至るための前提条件なのである。

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民主政治の根源にあるもの

Posted by Shota Maehara : 10月 5, 2008

1.

一八三一年アメリカに旅行したアレクシス・ド・トクヴィルは、その社会をつぶさに観察した。そして、その詳細な記録を後に『アメリカにおけるデモクラシー』として出版する。この著書は『ザ・フェデラリスト』とともに世界の民主政治の見方に多大な影響を及ぼした。この冒頭は次の有名な書き出しで始まる。

「アメリカ合衆国に滞在中、新奇なことは多々あったが、諸階層の平等ほど私の注意をひいたものはない。この基本的事実が社会の進展に及ぼす影響は、すぐにわかった。世論にある方向を、法制にある傾向を与え、為政者には新しい紀律を、被治者には独自の習性をもたらしているのである。」(岩永健吉郎訳)

トクヴィルはまさにこの書き出しの通り、「諸階層の平等」を民主政治の要諦として捉えた。そして今やヨーロッパをも巻き込む、「偉大な民主的な革命がわれわれの間で進行している」と述べたのである。ただし、旧世界の貴族出身である彼は、新大陸アメリカの人民の国を称賛しながら、その危険性をも察知していた。それは彼がヨーロッパとアメリカ、古い貴族社会と新しい平民の社会を比較して、その長所と短所を見極めようとしていたからである。

それから一七七年の歳月が経った今、こうしたトクヴィルの予言がいかに正しかったかが証明された。そして、州単位で営まれていた初期の民主政治が、一国そして、グローバルへと拡大するに従って、その矛盾もまた深刻なものになったようである。現代は共同体が揺らぎ、諸個人が孤立し、メディアや教育は同質的な価値観を助長する。そして人為的に世論が形成され、学問や政治が時の動向に大きく左右されている。

2.

現代の深刻な問題を解決する糸口は、民主政治の原初にまで遡らねばならない。アメリカの民主政治の原型であるタウンシップは、個人が個人となることなく狭い共同体の中で一緒に自給自足の生活をすることにある。さらに民主政治の祖ともいえるジャンジャック・ルソーは自伝的作品『告白』のなかで、小さな故郷ジュネーブ共和国へ思いを馳せつつ、そこで実現し得る人民にとって最良の政体とは何かという問題が彼の直接民主論の動機であったと語っている。なぜなら、この「孤独な散歩者」は、自然を愛し、顔の見える付き合いを楽しみ、人と人とを疎外する組織や制度そして貨幣を極端に嫌悪したからである。やがて、それは素朴な人民を抑圧する支配者への憎悪にまで発展する。その点でエンゲルスら社会主義者がルソーを社会主義者の祖と見なすことも強ち間違いではない。

しかし、国家を否定し、狭い共同体の中で人は真に人間らしく生きられるという反文明的な立場は、ボルシェヴィズムのそれではない。むしろ、トルストイやクロポトキンなどの農村共同体に依拠した無政府主義(アナキズム)に近いといえよう。日本でも大正時代に白樺派と呼ばれる芸術家や無政府主義者そして農本主義者の間で、平等と相互扶助に根ざす村の生活は、権力の階層秩序(ハイアラーキー)を産まない理想社会であると主張された。

例えば、日本の無政府主義者である伊藤野枝は「無政府の事実」の中で次のように述べている。日本の村ではいわゆる「互酬」の拘束力によって、相互扶助を可能ならしめると同時に、村から犯罪人を出さないための制裁の仕組みとして「村八分」などの掟がつくられた。 一般に「村八分」とは、日本の前近代性や村社会の後進性を示すものとしてよく言及される。

だが、伊藤によれば、それは村が組合の下で自治を営むために考え出された仕組みである。つまり、もし村に犯罪人が出ても、排除したり役人や警察に引き渡さずに、共同生活から離れて生きることができない事実を踏まえて、再発を防止し未然に防ぐために考え出された村人の知恵なのである。もちろん村によって違いはあるだろうが、彼女の村では実際に村八分まで至った人はほとんど見たことがないという。このように互酬制による拘束力は人々の間で相互扶助を実現すると同時に犯罪の発生を抑止する二つの機能を持つ自治の仕組みである。 

3.

さらに、実はルソーが理想としていた古代の民主政(ポリス)も同じように、国家というよりは、共同体内での平等と相互扶助(互酬)に支えられた部族内での政治なのである。日本の思想家柄谷行人は、アテネの民主制について次のように述べている。

「特にアテネの民主主義は、西洋に固有の原理として、見習うべき規範として称賛されています。しかし、これは近代国家の代議制民主主義とは根本的に異質です。そもそも、アテネの民主主義は支配者共同体(=市民)の原理です。それは非市民の奴隷を支配する共同体です。また、商業にもとづくにもかかわらず、それを非市民である外国人や居留外国人に任せる共同体でした。
 近代国家がアテネの民主主義を模範として見習おうとしたことは確かですが、そこに一つの決定的な誤解がある。モンテスキューはそのことに気づいていました。彼の考えでは、代議制は貴族的であり、くじ引きこそ民主的である(『法の精神』)。」(『世界共和国へ』岩波新書、二〇〇六年、p.54)

さらに続けて互酬制と民主主義のかかわりについてこう述べている。

「アテネの民主主義には、部族的共同体の平等主義が貫かれています。そこでは、だれかが、特権的な地位を占めることを避けようとする。ギリシア人の中には、ヘロドトスのように、彼らの在り方が、ペルシャのような「東洋的専制国家」と異なること、そしてそれが文化的な優越であることを主張した人がいます。そして、それが近代ヨーロッパにおいて強調されたわけです。しかし、ここに「東洋」に対して進んだ「西洋」の個人主義的原理を見るのはおかしい。アテネの民主主義は共同体の互酬制にもとづくものであり、たとえば、北アメリカ先住民のイロコイ族にもそのような直接民主主義が見出されます。実際、彼らの民主的統治原理が、アメリカ合衆国の創設において模範にされたといわれています。」(同書、p.55)

このように民主政はその起源から反中央集権的、反議会主義、反個人主義な志向性を持っている。それゆえ、互酬制に基づく民衆の自治が比較的小さな集落では実現するとしても、それが共同体と共同体の間、さらには国家単位で実現するかがのちに大きな問題となる。それが劇的あらわれたのが、アメリカの「共和主義」と「連邦主義」の対立である。それまで十三の州にわかれていた自治権を廃して、一つの強力な連邦政府を創ろうとした際、次の対立が生じた。つまり、民主政が不可能になるという「共和主義」派と強力な政府こそ真の民主政を実現できるという「連邦主義」派がいた。これがアメリカ史上有名な一七八七年に憲法制定をめぐってフェデラリストたちが行った議論である。いまやこの矛盾はあまり言及されることもない。

4.

しかし、諸階層の平等にもとづく民主政治の原理は、個人の自由に立脚する自由政治の原理とは根本的に異なる。この区別を誤解もしくは忘却するならば我々はテロやファシズムへと道を開いてしまうだろう。なぜならば、平等を重んじるということは、その裏側で何者かを排除することを意味する。国民の悪しき平等の結果排除される対象は劣った人であることも(蔑み)、逆に優れた人である(妬み)可能性もある。その上で、国家レベルでの民主政治=平等政治を推し進めれば、すべての人を共同体や社会から引きはがし、同質化し、孤立化させることに終わる。既得権の名のもとに、利益団体や組織は解体され、その他の市民団体も国家の公認や監視を受けなければならない。

こうした全体主義に対抗できるのは、民主政治であるという議論が実しやかに囁かれている。だがこうした見方は幻想にしか過ぎない。自由は多様な意見を包含するが、平等はこれらを排除する。これが政治哲学が歴史から学んだ教訓である。ファシズムはこうした排除としての平等を利用して独裁制を敷いたのである。それは現代の議会制民主政治が、民主政治と自由政治の混淆である。ゆえに、より民主政に近づけるためには、自由政治を否定しなければならないという口実の下にである。ファシズムの理論家カール・シュミットは、「ボルシェビズムとファシズムとは、他のすべての独裁制と同様に、反自由主義的ではあるが、しかし、必ずしも反民主主義的であるわけではない。」と述べている。その理由を彼はこう説明する。

「人民の意志は半世紀以来極めて綿密に作り上げられた統計的な装置によってよりも喝采(acclamatio)によって、すなわち反論を許さない自明のものによる方が、むしろいっそうよく民主主義的に表現され得るのである。民主主義的な感情の力が強ければ強いほど、民主主義は秘密投票の計算組織とは違った何ものかである、という認識がますます深くなって行くのである。技術的な意味にとどまらず、また本質的な意味においても直接的な民主主義の前には、自由主義的思想の脈絡から発生した議会は、人工的な機会として表れるのに反して、独裁的およびシーザー主義的方法は、人民の喝采によって支持されるのみならず、民主主義的実質および力の直接的表現であり得るのである。」(『現代議会主義の精神的地位』みすず書房、二〇〇〇年、稲葉素之訳、p.25)

シュミットは民主政治と自由政治が違う原理に基いていることを見抜いていた。そして大衆民主主義の時代に、自由政治の根幹である議会制は危機に陥っていると分析する。これほどまで多くの大衆の民意を政治に反映させるためには、有権者と繋がりの薄い選挙で選ばれた代議士では不可能であると。議会制や自由主義ではこの問題を解決することはできないのだと彼は述べる。確かにファシズムやボルシェビキが失敗したとしても、それが議会政治の喉に刺さった棘を抜いたことにはならないという指摘は当たっている。だが、また彼のいう民意や世論というものが自然発生的に下から発生したものなのかどうか実際政治の上では疑わしい。むしろ、世論はつねに上からある意図をもって人為的に形成されるのではないのか。彼はおそらくそうした実利的な見方を軽蔑するだろうが、議論の論理的整合性において彼は今も最大の自由主義の論敵である。自由主義の限界を乗り越えることはすなわちシュミットを乗り越えることである。

5.

何れにしても人間の歴史は重層的な構造をなしている。ヨーロッパの中世で、国家から相対的に自立した職人や商人が市民の担い手となり、それが国民に発展していったように、自由政治の伝統の上に民主政治が接木されなければならない。それは自由民権運動やリベラルな啓蒙主義者の後に、社会主義運動が生まれた如くである。おそらく今後どの国家でもこの歴史のとび越えは不可能だろう。人間は愛情だけで育てば動物と変わらない。いつか他人に対して敬するということを学ぶ。本来それは父母の共同作業だが、そうでなければどちらかが両方の役目しなければならない。同様に、アジアは市民社会を築きつつ、同時に批判を行わねばならない。確かにそれは困難な道のりである。だが、行き過ぎた個人主義への反発から、再び共同体へ戻ることはアジアにとって反動であるばかりか、まさしく悲劇であろう。

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