I am the vine; you are the branches

Shota Maehara's Blog

Archive for the ‘アフォリズム’ Category

祈り

Posted by Shota Maehara : 1月 21, 2013

主よ、自分たちでは罪の沼から這い上がる力のない私たち人間を憐れんでください。そして、顔を上げ、あなたの愛の御姿を仰ぎ見ることができますように。あなたは功績のゆえに愛したまわず、先んじて私どもを愛したもうたからです。あなたの愛を信じ、あなたのもとにとどまらせてください。アーメン。

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信仰という旅路について

Posted by Shota Maehara : 1月 21, 2013

私は兄弟姉妹との交わりの中で、「信仰」とはひとつの道を行く旅のようなものではないかと気づかされました。つまり、「主われを愛す」という確信に気づくことから始まり、あらゆる苦難を超えて、さらに強い「主われを愛す」という確信に立って人生の最後を迎える長い旅なのではないでしょうか。感謝。

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「主、われを愛す」―カール・バルト

Posted by Shota Maehara : 1月 21, 2013

現代神学に大きな影響を与えたスイスの神学者カール・バルトは、戦後ある人に生涯聖書を研究して、あなたは何を学びましたかと聞かれた時、バルトはこう答えたそうです―「主、われを愛す」と。聖書はこの唯一つのメッセージを私たちに伝えようとしていることは何と素晴らしいことでしょうか。

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カール・バルトー神学とは愛(ユーモア)である

Posted by Shota Maehara : 1月 21, 2013

教皇ピウス12世が、ある時こう尋ねられた。「現代のプロテスタントの神学者の中で、誰が一番偉大だと思いますか?」教皇は答えた。「それはカール・バルトだよ」 さて、バルトがこの話を聞いた。「・・・おっと、もう少しで教皇無謬説を信じてしまうところだった。」

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エックハルトの残した言葉

Posted by Shota Maehara : 1月 14, 2013

「神は私よりも私に近く在(いま)す」 by エックハルト

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「神」なき時代の神学

Posted by Shota Maehara : 12月 4, 2011

神学はあらゆる時代を超えて生き続ける。いかなる数学的論証がなされようとも、
それによって限界されるようなものではない。なぜならそれは無限であって、同時
に有限であるイエス・キリスト、あるいは人間そのもののもつ超越論的な次元に
かかわるからである。

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人間とその精神について―セーレン・キルケゴール

Posted by Shota Maehara : 9月 27, 2011

「精神生活にあってはすべてが弁証法的である。」(『死にいたる病』、一六八頁、欄外の注)

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自分の頭で考え、自分の言葉で表現すること

Posted by Shota Maehara : 9月 15, 2011

それがたとえどんなに稚拙であったとしても、他人の受け売りではなく、自分の頭で考え、自分の言葉で表現することを始めない限り私たち日本人はここから先一歩も前へ進むことはできないであろう。

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永遠に自己啓蒙する理性の働き

Posted by Shota Maehara : 8月 30, 2011

啓蒙主義しかないという岩井さんの考えに、ぼくは賛成です。たとえば、カントは啓蒙主義者ですが、啓蒙主義にたいしてさえ啓蒙的であって、いわば、その「理性の越権」を批判している。いうなれば、アドルノの「啓蒙の弁証法」を先取りしている。実際いって、「超越論的」ということは、啓蒙主義的です。啓蒙主義の徹底しかない。ディコンストラクションも本当はそうで、デリダはいわば永久啓蒙主義者です。(柄谷行人+岩井克人「貨幣・言語・数」『資本主義を語る』所収)

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祈り―主の家

Posted by Shota Maehara : 7月 17, 2011

詩編23編
 
主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。
主はわたしを青草の原に休ませ
憩いの水のほとりに伴い
魂を生き返らせてくださる。

主は御名にふさわしく
   わたしを正しい道に導かれる。
死の陰の谷を行くときも
   わたしは災いを恐れない。
あなたがわたしと共にいてくださる。
あなたの鞭、あなたの杖
それがわたしを力づける。

わたしを苦しめる者を前にしても
あなたはわたしに食卓を整えてくださる。
わたしの頭に香油を注ぎ
わたしの杯を溢れさせてくださる。

命のある限り
恵みと慈しみはいつもわたしを追う。
主の家にわたしは帰り
生涯、そこにとどまるであろう。
 
 
日本聖書協会、『聖書 新共同訳』

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