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Shota Maehara's Blog

『若い牧師・教会リーダーのための14章』ジョン・M・ドレッシャー(工藤信夫訳)、いのちのことば社、1998年

Posted by Shota Maehara : 1月 15, 2013

『若い牧師・教会リーダーのための14章』ジョン・M・ドレッシャー(工藤信夫訳)、いのちのことば社、1998年

●序文

牧会というこの働きほど、誕生から死に至るまで人間存在のあらゆる段階に深く関わる仕事はほかにないであろうし、この仕事ほど、人生の最も深い痛みに触れるものもなければ、至上の喜びに触れるものもないだろう。またこの奉仕ほど失敗や成功の痛手や喜びを人々と分かち合うものもほかにないであろう。ージョン・M・ドレッシャー(6頁)

教会はさまざまな弱さや欠けをもちながらもなお、この世界にあって、最も深い愛と犠牲、配慮を具現化している群れであることに変わりはない。そして、キリストを認めない人でも、そこからキリスト教精神の祝福と恩恵を受けるのである。ージョン・M・ドレッシャー(6頁)

●1章
自分自身の霊性を豊かにするためにもっと訓練を受けたい

「もし私たちが日々聖書に心を開き、黙想を大切にし、祈るということを怠っていれば、私たち自身の霊的アイデンティティーをすぐに見失ってしまうだろう。信仰と確信、霊的な識別力も徐々に弱まっていくにいくに違いない。」(17頁)

✝優先順位

1、毎日、どんな読み物よりもまず聖書のみことばを読むこと。
2、毎日、人と語るよりも、まず神と語ること。
3、少なくとも週一回、また定期的にもう少し長い時間断食すること。
4、説教の準備や教会の働きのために、さまざまな分野の読みごたえのあるものを毎日一章は読むようにすること。

●2章
聖書の学びと説教にもっと時間を取りたい

「御言葉を説教する」という神の召しに忠実であってほしい。

●3章
もっとキリスト中心の牧会をしたい
「キリスト教の説教とは、キリストを説教することである。ところが多くの説教がキリストについてのお話になっている。」

※キリストを説教するための五つの条件
1、「私は、キリストを、かつて存在した歴史上の人物としてではなく、今日もなお生ける存在として紹介することを心がけたいと思う。イエスは現に生きておられる。イエスは、よみがえられた栄光の救い主、主であられる。キリストの復活がキリスト信仰の核心であるのは、このためである。」(三九頁)

2、「私は、自分自身が「キリストの使節」(Ⅱコリント5:20)であると述べ、生ける神からのメッセージを伝えることを心がけたいと思う。説教とは、キリストの御思いとみことば、キリストのメッセージを語るのであって、私自身の思いやことば、メッセージを語るのではない。」(40頁)

3、「罪の力から解放してくださるお方としてキリストを紹介したいと思う。」(40頁)

4、「キリストの教えを説教することを忘れないようにしたいと思う。イエスがまことの主、まことの主人であるならば、その主人のメッセージは私たち説教者にも語られたものである。そしてそれは、私たちがまた語らなければならないメッセージでもある。」(福音書に語られている教え)(40頁)

5、「キリストを説教するときに、私は人々を自分自身へではなく、もっとキリストのもとへ招きたいと思う。それはあくまでもキリストのもとへであって、何かの信仰的遺産や統一の教義、「唯一の真理」へではない。」(42頁)

※カルト的になるのを防ぐ二つの道
①自分自身を正しく評価できるほどに純粋な、キリストに対する献身。
②ユーモアのセンス。

●4章
牧会においてキリストのご目的を成し遂げるのは、私の弁舌でなく聖霊の御力によることを忘れないようにしたい

「もしもあなたが説得されてキリスト教に入ったのならば、だれか賢い人に説得されてキリスト教から離れることもあるだろう。しかし、聖霊が内側を照らし明らかにするなら、だれもあなたを説得してキリスト教から離れさせることはできない」(A・W・トウザー)(50頁)

●5章
教会は多くの欠けをもちながらもなお、この世において神のみわざを行っているキリストのからだであることを忘れないでいたい

●6章
奉仕の働きへと会員一人一人を導き整えるよう努力したい

「この美しい文章(エペソ4:12‐16)の中に、私たちのすべての説教や教えや、奉仕に関する最終目的が明確に記されている。すなわち、牧師の働きは、一人一人を整えて、キリストに似たものに成長させ、霊的な識別力をもたせ、さらには、キリストのからだにおける一致と成長と愛をそれぞれが建て上げるようにすることである。」(58頁)

※弟子訓練がうまくいっていない兆し
・会員の中に聖書教育の担当者や奉仕者を見出すことが難しい時。
・聖書研究や祈りのグループが成長をしなくなった時。
・施しが停滞した時。
・未伝地域への伝道と世界宣教に対する熱意が失われた時。
・「教会」がその教会自体の必要などに応じた献身者や霊的指導者を生み出さない時。
→牧会的リーダーシップの中心は、信徒の霊的な賜物を訓練することであって、それはその人に与えられている賜物を知り、それを発展させ、用いることである。(62頁)

●7章
「創造性に富み中心となる存在」(クリエイティブセンター)を探して励ましたい

「キリスト・イエスに対する燃える心をもつ若者はたとえひとりであっても、若い人たちのグループ全体を動かすことができるものであるし…祈りの人がひとりでもいれば、神はその人を用いて霊的な覚醒をもたらすことがおできになる。そのような人々に必要なのは牧師の励ましの一言である。」(66頁)

●8章
祈りを第一に強調したい

「たゆむことのない、力ある祈りの生活を実践しているということは、その人が神によって牧師に召されていることの大きな証拠である。また祈りにおいて深いということは、その人が霊的指導者であることを立証するものである。」(68頁)
「教会に何か危機があるときはいつも、まずそれは祈りの危機であると考えて間違いないであろう。特に指導者においては、もしその人が祈りの人でなかったら、牧師としての召しがあるかどうか甚だ疑問である。」(70頁)

●9章
私が召されたのは、信徒の信仰を操作するためではなく、彼らを愛して神の国に導くためであることを忘れないでいたい

「霊的な人は、人々にあれこれの教理を信じるようにとは要求しない。人々が自分の生活を、キリストの意思にそい、キリストに似たものとするようにと求めるのである。」(76頁)

「主よ。愛をもって真理を語らせてください。もしも私が愛をもって真理を語ることができないなら、それを語らせないようにしてください。」(77頁)

「マルコム・マゲリッジは、こう述べている。今日の時代の最大の病は、ハンセン病でも結核でもない。自分はだれからも必要とされていない、気にかけてもらえない、みんなから見捨てられているという思いこそ、最大の病なのだ、と。そして最悪の事態は愛の欠如である。助けを必要としている路上生活者に対するゾッとするほどの無関心である。そうした人たちのところへ、私たちを通してキリストの愛が流れていく必要がある。」(82頁)

●10章
神が働いておられるとはとても思えない人や場所、計画の中に実は神は働いておられることをいつも心に覚えていたい

●11章
あふれ出るもので牧会はするものであること、その実は新しい生長のあるところに結ぶものであることを忘れないでいたい

「これら(偽りの指導者)と対比してイエスは、今も変わらず、まただれの目にも明らかな真に霊的な指導者の指標を二つ示された。それは謙遜さと仕える精神である。」(93頁)

●12章
すでに確立された教会よりも、新しい教会を建てあげることにもっと熱心でありたい

●13章
教会員を訪問することで個人的なつながりをもつことをもっと訓練されたい

「私はいつも、病院や家を訪問したときにその人といっしょに、そしてその人のために祈ったものであった。祈りに導くのが不適当な状況が時折あるものだが、私の場合はめったにそういうことはなかった。その人々が、牧師とは祈りの人であると信じ、霊的指導者の祈りを期待しているからである。私はむしろ、牧師が訪ねてきても、自分のために祈ってくれなかったのが悲しかった、という声を何度も耳にしたのであった。」(100頁)

●14章
牧師の働きには特別な落とし穴があることに注意したい

1、自分の中にある「苦々しい思い」(教会、家族、人間関係など)
2、「不品行」の問題(道徳、肉欲など)
3、「所有」の問題

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