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Shota Maehara's Blog

ヨナ書論―あらゆる被造物の滅びと希望

Posted by Shota Maehara : 12月 17, 2012

Dore_jonah_whale改めて旧約聖書の中の小預言書に区分されている「ヨナ書」を読む機会がありました。この小預言書は様々な訳で何度読んだかわからないほどですが毎回大切なことに気づかされます。

今回私に強い印象を与えたのは、悔い改めた二ネべの都を見て、この街を滅ぼすという預言が撤回されたことに不服を感じた預言者ヨナに神が御心を語りかける場面です。

すると、主はこう言われた。「お前は、自分で労することも育てることもなく、一夜にして生じ、一夜にして滅びたこのとうごまの木さえ惜しんでいる。それならば、どうしてわたしが、この大いなる都ニネベを惜しまずにいられるだろうか。そこには、十二万人以上の右も左もわきまえぬ人間と、無数の家畜がいるのだから。」(4:10-11、新共同訳)

Then the LORD said, You had compassion on the plant for which you did not work, and which you did not cause to grow, which came up overnight and perished overnight. And should I not have compassion on Nineveh, the great city in which there are more than 120,000 persons who do not know the difference between their right and left hand, as well as many animals?(4:10-11, NASB)

ユダヤ人であり愛国者であるヨナにとっては敵国である二ネべの都が神の怒りによって滅びた方が望ましいことでした。だからこそ、神が悔い改めた二ネべの街を見て思い直されたことにヨナは二重の意味で不服でした。つまり、預言者として、あるいは愛国者としてです。それに対して、神は二ネべの街に憐れみをかけられました。そのことによって、神がユダヤ人だけの神ではなく全世界の神であることを示されたのです。

しかし、注目すべきは神が憐れみをあたえる根拠として、彷徨える人間だけではなく、無数の「家畜」を惜しむからと仰っている点です。私たちは自己中心の視点から、また人間中心の視点から聖書を読んでしまいがちですが、神はあらゆる被造物全体に心を配っていらっしゃることを知らなければならないのではないでしょうか。

かつて創世記でエデンの園の管理を任されたアダムとエヴァが蛇によって誘惑されて、禁断の善悪の木の実を食べて堕落して以来、人間だけでなく自然界全体が滅びに向っているのです。私はここでローマ書8章18節から22節を思い返さないわけにはいきません。

現在の苦しみは、将来わたしたちに現されるはずの栄光に比べると、取るに足りないとわたしは思います。被造物は、神の子たちの現れるのを切に待ち望んでいます。被造物は虚無に服していますが、それは、自分の意志によるものではなく、服従させた方の意志によるものであり、同時に希望も持っています。つまり、被造物も、いつか滅びへの隷属から解放されて、神の子供たちの栄光に輝く自由にあずかれるからです。被造物がすべて今日まで、共にうめき、共に産みの苦しみを味わっていることを、わたしたちは知っています。(新共同訳)

For I consider that the sufferings of this present time are not worthy to be compared with the glory that is to be revealed to us.For the anxious longing of the creation waits eagerly for the revealing of the sons of God.For the creation was subjected to futility, not of its own will, but because of Him who subjected it, in hope that the creation itself also will be set free from its slavery to corruption into the freedom of the glory of the children of God. For we know that the whole creation groans and suffers the pains of childbirth together until now.(NASB)

被造物全体は人間が罪から救われて、自分達をも滅びから救ってくれることを願っているのです。ここから、私たちは聖書を通して、神はあらゆる被造物の神であるということを改めて確認しなければなりません。そして本来、エデンの園=自然界を管理することを任された人間が堕落したために、今や人間の欲望によって自然が回復不可能な程に傷つけられていることを悟らなけれなばりません。

今日の私たちの経済活動によって環境問題や原発事故による放射能汚染が広がり、自然界の生態系が壊され、異常気象が表れていることを思うときこの解決はもはや先延ばしにしていいこととは思われません。

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