I am the vine; you are the branches

Shota Maehara's Blog

宗教改革の光と影 3―カール・バルト「ハイデルベルク信仰問答」を読む

Posted by Shota Maehara : 7月 3, 2012

真の信仰

二一問 真の信仰とは、何ですか。

―それは、単に、神が御言葉において私共に啓示し給うたすべてのことを、私が真実であると考えるある種の認識のことではありません。それは、また、心からの信頼であり、この信頼は、全く恵みから、ただキリストの功績のゆえに、単に他の人々にだけではなく私にも罪の赦しと永遠の義の祝福が神から私に与えられるために、聖霊が福音によって、私の中に起こし給うものです。

 ここでは、神の民の存在と行為が記される。この民は、三問―十一問において、その悲惨が記されていた人類の一部分である。それは、他の人類とは、ただ信仰によって区別されているにすぎない(六問)。しかし、信仰者とは、神の真理をイエス・キリストにおいて認識し、約束を捉え、この約束に信頼することを許されている人々である。信仰とは、単に一つの認識ではなく、それは、同時にこのような「心からの信頼」なのである。なぜかと言えば、ここで問題は、一定の理論に関するのではなく、義による救いが私にも与えられ、私に対しても私の罪が赦される、その確かさに関するのだからである。神の賜物を一つの実存的な賜物として認識することが、信仰の決定的な働きである。このような信仰の働きが、人間の中において出来事となる場合にこそ、義による救いを世界に対して証しすることを許される神の民が集められる。なぜかと言えば、この民は、啓示され信ぜられた言葉によって、この上もなく真実の意味において、「その場に」居合わせたのだからである。―カール・バルト 「キリスト教の教理―ハイデルベルク信仰問答による」(『カール・バルト著作集9』、三七八頁)

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中