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Shota Maehara's Blog

ヘーゲルの哲学を読む―コーヒー・ブレイク!

Posted by Shota Maehara : 1月 2, 2012

そんな或る日、たまたま徳川山のお宅を訪ねたとき、先生は丁度本質論の訳を終えられ、概念論に入るところであった。先生はその日、日頃になく興奮気味で、やはりヘーゲルはすばらしいという話を始められた。話は、ヘーゲルが真理は具体的なものとかトタールなものといっているのをどう理解するか、というようなことであった。先生は立ち上がって原書を広げたまま持って来られ、本質論の最後の節(第一五九節、本書四〇〇頁)を示された。そこは「他者において己自身のもとにある」という表現が、さらに「他のもののなかで自分自身と合致すること」と深められ、その合致をさまざまな視覚から「解放」であり、「自我」であり、「自由な精神」であり、「愛」であり、「浄福」である、と表明しているところである。具体的とかトタールというのはこういうことなのだ。ただ自分が自分自身と合致するというたんなる自己同一では、なんら自我の確立でも自由の実現でもない。ヘーゲルが自分を失う分だけ自分が豊かになるといっている逆説的な意味を正しく理解しなければならない。真理のあるべき姿をこれだけ見事に表明できたのはヘーゲルだけではないか。こういうヘーゲルが、僕はたまらなく好きなのだ。先生はその日珍しく多くを語られた。(略)(ヘーゲル『小論理学』「訳者あとがき」)

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