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Shota Maehara's Blog

ヘーゲルの哲学を読む1―精神の弁証法について

Posted by Shota Maehara : 1月 1, 2012

神の永遠の生命は、自己を発見すること、自己を意識すること、自己と一致することに等しい。その過程で自己を疎外し、分裂することも生じるが、自己を発見するために、まず自己を疎外するのは精神の、理念の特質である。この動きこそが自由そのものなのだ。なぜならば、ものごとを外側から見ていてさえ、他人に依存せず、抑圧されず、他人と深い関係にない人間は自由だというではないか。精神は自己に還ることによって自由を達成する―この普遍的動きは実は、精神の一連の形態にほかならない。これを直線的な動きと考えてはならない。自己に還る円なのだ。この円は無数の円に囲まれている。発展(ビルドゥング)とは抽象的無限に向って進むことではなく、自己に還ることである。(ヘーゲル『論理学』)

したがって、精神が自由に向って展開していくという進歩の過程は、自然への隷属から解放されていく過程でもある。(ヘーゲル『歴史哲学講義』)

矛盾はあらゆる運動と生命性の根源である。あらゆるものはそのうちに矛盾をもつかぎりにおいてのみ運動し、そのかぎりにおいてのみ物をつき動かし、また活動しようとする性質をもっている。(ヘーゲル『大論理学』「矛盾」)

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