I am the vine; you are the branches

Shota Maehara's Blog

ヘーゲルの哲学を読む―失業について(売れ残った労働力商品の絶望)

Posted by Shota Maehara : 9月 15, 2011

「死の観念吹き込むひとを隷属化する恐怖からの解放は、一人の他者に奉仕し、自己を外化し、もろもろの他者と結びつくことによって果されるわけである。他方、労働による教化―形成(※自己陶冶)がないならば、畏怖は心胸の内に留まり、唖であり、意識はみずから自覚的とはならない。実在する客観的な世界を変貌せしめる労働がないならば、人間は現実に自己を変貌せしめることができない。仮に人間が変化するとしても、その変化は「内なる」もの、純粋に主観的なものに留まり、ただ自己だけに開示されるにすぎず、「唖であり」、他者には伝達されない。この「心胸の内」の変化のために、彼は変化しなかった世界及びこの変化しなかった世界と結びついている他者と乖離してしまう。したがって、この変化は人間を狂者、犯罪者へと変貌せしめ、いずれ彼は自然的かつ社会的な客観的現実によって抹殺されてしまう。主観的観念は当初客観的世界を乗り超えて行くのだが、ただ労働だけがこの主観的観念と客観的世界を終局において和解せしめ、その前に不安を覚え、畏怖を感じ、そのため充足されえなかった所与の世界を―畏怖に駆られながら―乗り超えようと試みるすべての人間の態度にまといつく狂気と罪との境地を消し去ることができる。」(アレクサンドル・コジェーヴ 『ヘーゲル読解入門―『精神現象学』を読む』、「第一部 序に代えて」より) ※斜体は筆者による補足

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中