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Shota Maehara's Blog

「知識社会」の到来―なぜ大卒者は就職できないのか?

Posted by Shota Maehara : 2月 17, 2011

先日、仕事の関係で、中学生と話す機会があった。彼らは各学校のトップの学生で、様々な質問をぶつけてきた。とくに私自身も興味深かったのは、なぜ今大卒の学生が就職できないで困っているのかという問題だ。将来、有名な日本の大学に入学し、企業などに就職して行くであろう彼らにとって、今世の中がどう変わりつつあるのかはやはり気になるテーマなのであろうか。

巷で経済学者や政治家やメディアが指摘しているのは、雇用の安定のために、解雇規制を緩和すべきであったり、就職支援対策に予算を付けることであったりする。むろんそれらは個々には重要な政策である。

しかし、同時に我々が直面している変化の本質を見えなくさせてはいまいか。むしろ私が持っている答えはシンプルである。私の見立てでは、何万人という大学生が就職難なのは、高等教育の大衆化のせいでも、ましてや不況のせいでもない。それは彼らが、大学院で修士もしくは博士を修めた上で、ビジネス・パーソンとして働きに出ようという発想がまるでないからである。

あいも変わらず、大卒で「マニュアル・ワーカー」(単純労働者)として雇ってくれる企業などハッキリ言って存在しない。必要なのは、専門的な知識をもち、それをビジネスに活用する(つまり価値を生む)ことのできる「ナレッジ・ワーカー」(知識労働者)である。

ただ恥ずかしながら、私がこの事実にはたと気づいたのは2011年に入ってからである。ある日電車に乗って通勤していた際、女子高生の一団が乗り込んできた。彼らは私の高校生時代と同じく青春を謳歌し、大人に守られ、今は将来の不安もなく過ごしているように見える。一見すると彼らはi-phoneを持ち、今どきのファッションに身を包んでいるように見える。

しかし、根本的には自分達の父親や母親と同じ価値観を共有しているような気がしてならなかった。つまり、「高校時代なんだから楽しく過ごしたい。」という思いによって彼らは生きている。そして、やがてニート・フリーターになるのだろう。

なぜならば、彼らは、そしてきっと親たちもドラッカーが「知識社会」と名付けたような社会の到来を自覚していないからだ。近年の終身雇用の崩壊や、派遣労働の増加、大卒の就職難など様々な指標がその到来を知らせていたのにもかかわらず、我々はそれを不況のせいにして来きた。しかし、気づくべきことは、これは構造的な変化なのだということであり、青春のイメージそのものを陳腐化してしまうような大きな波なのだ。

そこでは、子供は大人と同様に学び続けねばならない。我々も「知識」そのものが中心に置かれたような社会で生きるということはいかなることなのか。その意味を考え、行動しなければならない。

神のみが時代の流れを変えることができる。我々人間にはできない。我々にできるのはその流れの最後尾にぐずぐず文句を言いながら負け犬のようについていくことか、もしくは、ここから大きく舵を切って先頭に立ち流れを先に推し進めるかのどちらかなのだ。それはリスクの伴う決断である。しかし、現実を正しく認識し挑戦していく知性をこそ我々は必要としているのではないだろうか。

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