I am the vine; you are the branches

Shota Maehara's Blog

人間の罪とはなにか―二つの物差し

Posted by Shota Maehara : 10月 28, 2010

私はよく言うのだが、人間は自分を測る物差と、他人を測る物差を持っている。つまり、自分の過失は実に小さくしか感じない。たとえば、大切にしている花瓶を他の人が壊したとする。相手が我が子でも、かなり厳しく責めることであろう。

が、もし自分自身で壊したとする。「壊した」という行為は、誰が壊しても同じ行為である。だから自分が壊しても、同じ厳しさをもって自分を責めれば、これは公平なのだが、誰しも自分のした悪は小さくしか感じない。反対に、自分のした善は大きく感じ、他人のした善は小さくしか感じない。こんな不公平なことがあろうか。

これが差別の源であり、また罪の源でもある。―三浦綾子『聖書に見る人間の罪』

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