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Shota Maehara's Blog

現代女性論―愛なき労働力商品としての「女性」

Posted by Shota Maehara : 6月 8, 2010

かつて明治時代の家父長制に反対した女性人権運動家の平塚雷鳥は、「女性は原始太陽であった」と宣言した。それは進歩主義的な運動として戦後の高度経済成長期まであった。

しかし、今日それを声高に口にすることは進歩ですらない。むしろ、反動ですらある。なぜなら、女性の解放を真に促したのは、政府でも、GHQでもなく、資本制経済の力であったからである。そして今日それはまたしても幻想の領域を形作っている。つまり、女性を労働力商品として雇い、女性向け商品をマーケティングし、開発し、販売することによって成り立っているのだ。

この偽りの経済循環の中で現代女性は自立するにつれ、ますます孤独になってきている。この反比例関係ほど現代社会の特徴をはっきりと示しているものはない。この女性の商品化に伴う自己疎外はかつてプロレタリアに起こった疎外過程と本質的に同じだ。産業革命が起こると同時に、アルコール中毒や精神分裂病・神経症が増え始めたように、今日では、癒しやスピリチュアルが流行する。

日本女性の社会進出が叫ばれて久しいが、答えはキャリアか結婚かのニ者択一ではない。むしろ、これから自分は人間としてどう生きたいのかという問いかけが必要である。そして、自分になくてはならぬものとは何かという問いかけが何よりも必要である。はっきりいって知的な女性にとって何が幸せなのかは私には分からない。ただ、女性の社会進出の光の面だけでなく、闇の面にも目を向けてはじめて正しい判断が下せるのではないだろうか。

■参照 「女性の社会進出」 「働く女性の一人暮らし」  「厚生白書」 etc

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