I am the vine; you are the branches

Shota Maehara's Blog

アドルノに関するノート4―「大衆音楽」(popular music)について

Posted by Shota Maehara : 5月 2, 2010

実際、政治的な抗議を「大衆音楽」(ポピュラー・ミュージック)、すなわち「娯楽音楽」と結び付けようとする試みはこれから述べる理由によって、初めから失敗を運命づけられていると私は考えている。

大衆音楽のすべての領域は、たとえそれがモダニズムの装いを纏っていたとしても、ある程度まで、消費やエンターテイメントとの酔っぱらった結合と分かち難い。つまり、それに新しい機能(役割)を与えようとする試みは全く表層的なままなのである。

だから私はこう言わなくてはならない。誰かがたとえどのような理由であれ、感傷的な音楽をベトナム戦争の何らかのことに結び付けて歌うならば、耐えがたい…。私にとって、実際、この歌は耐えがたい。それが恐ろしい出来事を取り上げ、それをともかくも消費できるものに仕上げるという点で。それは結局のところ恐ろしい出来事から消費向けの性質のようなものを絞り出すだけに終わるのだ。(前原将太訳)

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