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Shota Maehara's Blog

アドルノに関するノート2―『啓蒙の弁証法』

Posted by Shota Maehara : 5月 2, 2010

神話と啓蒙

「以下の断片的考察のうちでわれわれが期するところは、このような理論的知性への寄与であり、次のことを眼目とする。すなわち啓蒙が神話へと逆行していく原因は、ことさら逆行することを目的として考え出された、国家主義的、異教的等々の近代的神話のもとに求められるべきではなく、むしろ真理に直面する恐怖に立ちすくんでいる啓蒙そのもののうちにもとめられなければならない、ということである。」(『啓蒙の弁証法』序文)

「大まかに言えば、第一論文(「啓蒙の概念」)の批判的部分は次の二つのテーゼに要約されよう。(一)すでに神話が啓蒙である。(ニ)啓蒙は神話に退化する。」(同書、序文)

「さまざまの神話がすでに啓蒙を行うように、啓蒙の一歩一歩は、ますます深く神話論と絡まり合う。啓蒙は神話を破壊するために、あらゆる素材を神話から受け取る。そして神話を裁く者でありながら神話の勢力圏内に落ち込んで行く。」(同書、第一章、三六~七頁)

「啓蒙はラディカルになった神話的不安である」(同書、第一章、四三頁)

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