I am the vine; you are the branches

Shota Maehara's Blog

アドルノ―芸術と批評

Posted by Shota Maehara : 8月 23, 2009

「芸術作品の社会に対する関係は、パイプニッツのモナドになぞらえることができよう。つまり芸術作品、特に概念に縁遠い音楽の作品が、窓をもたないのに―つまり社会を意識していないのに、また、いずれにせよそうした意識を必然的にともなっているとは限らないのに―社会を表現するのである。音楽はそれが社会に秋波を送ることが少なければ少ないだけに、かえって社会をいっそう深く表現するものだ、とさえ考えたくなるくらいである。」―マーティン・ジェイ『アドルノ』(p.213)

「音楽は、おのれの形態によってそうした矛盾の威力と、その社会的克服の必然性とを奥深く表現できればできるほど、また、それがおのれ自身の形式言語のアンチノミーを通して社会状態の窮状を率直に語り出し、苦悩の暗号文字を用いて、率直に変革を呼びかけることができればできるほど、それだけいっそう良くなることであろう。」マーティン・ジェイ『アドルノ』(p.218)

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