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Shota Maehara's Blog

友愛について

Posted by Shota Maehara : 5月 1, 2009

grunewald_crucifixionフランス革命以来、友愛は狭い共同体内での同胞愛(ナショナリズム)と同一視される向きがあった。つまり、ピラミッド型の権力構造をとることなく平等な人々の間にある水平的な連帯である。

私が最もこの狭い意味での友愛を印象付けられた作品は、ハーマン・メルヴィルの『白鯨』である。そこにはともに捕鯨船という外界から隔てられた空間で、契約した船員たちがそれぞれの役割によって互いに結び付いて機能している姿がある。まさしくここにはアメリカという国の底流にあるリーダーなき民主主義、いやそれ以上に自由な諸個人の連帯という意味でのアナーキズムが象徴化されている。

もし仮に友愛がこうした狭い共同体内での横の連帯のみを意味しているのならば、それは一般性に留まり、普遍性には届かない。つまり、同じ同胞のことは気遣うが、ひとたび国境を越えてしまえば隣国がどんな悲惨な目にあっていようとも構わないことになる。それゆえにそうした狭い共同性を超えようとしてプルードンは友愛を否定しようとしたのだ。日本の哲学者・柄谷行人は『世界共和国へ』の中で、彼は友愛を否定し、競争を肯定したと述べる。なぜなら、「彼の考えでは、競争が否定されれば、個人と自由が否定されることになる」からである。

そして、それに代わってプルードンが提唱するのは、「富の格差を生み出すことがないような交換システム、つまり、自由の相互性の実現」だという。この自由な個人が相互扶助を行っていく社会的ネットワークを「アソシエーショ二ズム」と名づける。これが一般のNGO・NPOの活動と異なるのは、単に資本制経済を補完する組織としてではなく、権力や不平等を生みだす生産関係・流通関係に地域通貨などを導入することによってメスを入れようとする社会改造の原理に基づいている点である。

しかし、歴史的に見て次のことに注意を向けることが肝要である。すなわち、このアソシエーショ二ズムと呼ばれる「富の格差を生み出すことのないような交換システム、つまり、自由の相互性の実現」は常に宗教(倫理)の次元の運動として発生してきたという事実である。例えば、戦前のキリスト教の社会運動家・賀川豊彦は、今日の生協の原型をつくり、日本の生産・消費協同組合運動の嚆矢となった。その際、彼の社会改良運動の原理となった思想がプルードンによって否定された「友愛」であったことは興味深い。

まさしく同じ運動の方向を志向している者同士が、一方で友愛を否定し、他方で友愛を肯定している。一体、なぜこんなに矛盾し合ったことが起こるのであろうか。実は賀川におけるキリスト教の文脈における「友愛」が狭い政治的な文脈でのそれを超えてしまっているからなのである。それはまさしく永遠にしてグローバルな運動になる可能性を秘めている。

キリスト教において、元来人と人との横軸の関係は不安定なものであり、争いが絶えない。だが、キリスト教は神の独り子であるイエスを地上に遣わすことによって、神と人という縦軸の関係を導入する。そして、何より重要なのは、神というこの絶対で無償の存在が人類の罪を一身に背負って、十字架の上で贖ってくれることによって人々がともに救済されるという新たな視点を打ち出していることである。これこそがキリスト教における博愛であり友愛の意味するところである。それはまさしく神と人という縦軸を介して、人と人とが連帯するという横軸が交わる十字架のようである。こうした意味での「友愛」の考え方はこれからの社会をつくる上でとても重要である。

なぜなら、人間と人間の契約関係のみに縛られた私たちの社会は簡単にこの約束を破断にできると思っている輩が多くいる。それゆえ、耐震偽造や製造年月日や産地の偽造、そして離婚の増加に至るまで人間社会の絆は脆くなり不和で満ちている。それはこれまでの議論を踏まえれば、私たちの社会が横の関係だけで、絶対なるもの(神)と自分との縦の関係が欠如していることに起因しているのではないだろうか。人間を超えた何者かへの畏怖がなければ、人間は傲慢になり、秩序は守られないだろう。だからこそ私はいま社会が宗教(倫理)の次元での友愛の重要性を再認識すべき岐路(ターニングポイント)にさしかかっていると考えている。それゆえ政治や経営や市民運動に携わる心ある人たちに「友愛のすゝめ」を提言したい。

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コメント / トラックバック4件 to “友愛について”

  1. akizukiseijin said

    私観ですが、いま世の中はネガティブな空気で満ちています。まるで餓えたハイエナのように批判の対象となる生贄(スケープゴート)を探し回っているような。これではいけない、もっとポジティブなエネルギーによって社会を回していく必要があると切実に感じています。チャップリンのようにせめて愛とユーモアをもって人々を笑顔にする存在でいたいと願っています。

  2. NANA said

    You are a great thinker in our time. I am shocked by reading these critical essays. Regardless of depression, we Japanese are confronted with such structural problem as religion(that means relation of people to “The Other”). Thank you very much.

  3. 難しい部分ですね~

    近ずきすぎて 蜜月の関係 になると反動が出るし。

    ましてや男女間では更にややこしくなる 
    という考えの若輩っす(爆)

  4. akizukiseijin said

    dbadminさん。こんにちは。コメントありがとうございます。ゴールデンウィークはいかがお過ごしですか?!お忙しいでしょうけど、きっとうまく遊びも織り交ぜていらっしゃるのでしょうね。考えてみればブログをはじめてからのお付き合いですが、もうかれこれ2、3年にはなるでしょうか。いつも励ましとユーモアをいただいています。感謝です。これからもどうぞよろしくお願いいたします!!!

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