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Shota Maehara's Blog

「民営化」という神話への挑戦―思考のプラグマティズム

Posted by Shota Maehara : 4月 2, 2009

資本主義が我慢できるものになるには、貧しい人々にとって生活が我慢できるものであるようにしなければならない―ジョン・ケネス・ガルブレイス『実際性の時代』

国家政策の一部を、民間に任せるか、あるいは政府に任せるかという議論がしばしばなされる。それに対して効率性という観点から、多くの経済学者はできるだけ市場に委ねるべきだと発言する。特に1980年代のアメリカ・イギリスにおけるレーガン・サッチャー改革以降、日本では中曽根、小渕、小泉以降この流れが顕著である。この結果金融を中心とする急激な経済発展の裏で、両国でどれだけ多くの労働者が教育や医療といった公共サービスが受けられずに切り捨てられていったか。その悲惨な有様はあまり日本で報道されていない。

しかし、民間や市場が効率的でありかつ透明であるという神話は果たしていつ頃から生まれたのであろうか。いずれにしてもこれが神話であったことは少なくともイギリスで保守党はブレア新労働党に政権の椅子を明け渡し、そしてオバマ大統領就任後のアメリカもとうとう開きすぎた格差の問題に手をつけざるを得なくなった歴史的事実が証明している。

本来医療や介護や環境や教育などは短期的に非効率とされようと長期的には維持されていくべき生命線である。ゆえに効率が悪いからこそ、これらは伝統的に政府が担っていくべき役割だとされてきた。にもかかわらず、これらを民営化してしまえばそれは富裕層にしか手の届かなくなるサービスになる。なぜなら企業は利潤が見込める客層にしか興味を持たないからだ。その結果、残されたのは弱者を食い物にする貧困ビジネスだけだという話になるのは当然の流れだ。民営化という神話は、政府が自らの役割を放棄する口実とも採ることができる。

また現代の社会にはもう一つの経済神話が存在する。すなわち、国際競争力という神話である。企業は国際競争を勝ち抜くために社員の人件費を低く抑える必要があると説く。社員も自分の会社が潰れるのはまずいからその待遇を受け入れざるを得ない。やがて、社員はアウトソーシングされ派遣やアルバイトに置き換えられる。その結果、企業が国際競争に勝ち残ったとき、生き残ったのは経営者と株主だけになる。少なくとも国際競争を勝ち抜いた見返りとしての莫大な利益は社員や派遣には還元されず、彼らのポケットに落ちることになる。

かつての経済学者は、官僚主義的な社会主義でもマネタリスト的な市場原理主義でもなく、政府と市場を組み合わせた混合経済(Mixed Economy)こそが現実的な政策であるというバランスのとれた考え方があった。例えば、60年代に活躍しハーバード大学でも教鞭をとったケネス・ガルブレイスや同じくそこで学んだ都留重人などである。彼らの世代は世界恐慌や第二次大戦の影響もあり、社会主義と同時に資本主義へも等しく批判の目を向けていた。その結果、経済は複雑になるに従って、一貫した合理的基準を持ち出すことは危険であるとみなした。それらはイデオロギーで決められるのではなく、むしろプラグマティカルに個々具体的に決められるべき問題だと。

したがって日本が学ぶべき点は、政府か市場かというゼロサム的な発想ではない。市場に適する部門と政府に適する部門を組み合わせて、トータルで最良な国家づくりを目指すことである。例えば、福祉や教育を充実させる際に、どのくらいの負担なら国民の理解を得られるか、さらにその負担に見合った良質のサービスを公共機関がいかに提供できるかを国民が話し合う、こうした成熟した市民社会をまず作り上げなければならない。そして民主主義的な手続きを通して、何が公的な領域であり、何が私的な領域であるかをその都度判断した上で、それに基づいて政治家や官僚が政策を行う。こうした主体性と責任を国民が養うことが出来てはじめて、先の見えない未来を私たちは手探りで進んでいくことができるのである。

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コメント / トラックバック5件 to “「民営化」という神話への挑戦―思考のプラグマティズム”

  1. レス拝見しました。教育如何 で全て決まるかな と。
    ブルーカラー育ちなので、更に痛感です(笑)

    結局、資本主義を逆手に取って商っている輩(自分)なので。。。
    正論を詠う事はできても、現実では悪知恵全開!です。

    そこの時点でもう 秋月さんとの 差 が出てきます。
    誰かの思想に頷けても【大阪人より商売っ気が強い関東人】という称号&気質。

    なので議論を詰めていくと。。。。アイタタタ な感じですw

  2. akizukiseijin said

    dbadminさん。コメントありがとうございます。

    >結局、資本主義を逆手に取って商っている輩(自分)なので。。。
    >正論を詠う事はできても、現実では悪知恵全開!です。

    私はこういう人を本当に頭のいい人と呼ぶんだと思います。
    それに頭の柔らかい人は、ユーモアもある人が多いですね。

    やっぱり兄さんは、
    情報をキャッチするアンテナの立て方にセンスを感じます。

    羨やましーです。いつも感謝しています。

  3. Miho said

    こんにちわ。秋月さん。素晴らしい文章を楽しみにしてます。今後の活躍に期待しております。また遊びに来ますね♪

  4. akizukiseijin said

    Mihoさん。どうもありがとう。いつも応援していただいて嬉しいです。アメリカの近況でも今度また聞かせてくださいね。楽しみにしています!!!

  5. akizukiseijin said

    ジョン・ケネス・ガルブレイス―ヴェブレンの制度派に連なる経済学

    「ゆたかな社会では、喫緊の必要はほぼ満たされているために、それでもなお消費支出を増やすよりは、不測の事態に備えて貯蓄することになるだろう。つまり、財布のヒモが堅くなる。そのため、堅くなった財布の紐を緩めさせるための、あの手この手の誘惑=広告の重要性が増す。あってもなくてもよいような需要に人々を引き付けるためのあの手この手の工夫が凝らされるのと対照的に、医療や教育など、より基本的な必要がみたされていない人が放置される。このアンバランスさをアンバランスさとして問題視するのが、ガルブレイスの「社会的バランス論」だ。そこで、課税と喫緊の必要をみたさねばならない人への補助を通じたバランスの回復が目指されることになる。実際、北欧の福祉国家形成にも影響を与えたそうで、今日、社民的なものを考える上でも大変重要な古典だと思います。」(アマゾン・レヴューから)

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