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Shota Maehara's Blog

ポストモダン・テロリズムと日本の言論空間

Posted by Shota Maehara : 3月 23, 2009

10036871263_s1人はパンのみで生きるにあらず、神の言葉によって生きるのである―マタイ福音書

 かつてアメリカの国際政治学者フランシス・フクヤマは、東西冷戦の終わりを、歴史の終わりと規定し話題を呼んだ。それはソ連の崩壊によって社会主義対資本主義というイデオロギー対立が終わり、今後は経済的な問題だけが争われるという予言であった。確かに世界は不均等に発展しているので、こうした見方は途上国や新興国には当てはまらないケースが多い。しかし、こと先進国に限って言えば彼の予言は当たった。まさしく世界不況の中で、「政治」という言葉を操る人間固有の領域が見えなくなりつつあるからだ。

先日NHKで「テレビはどうなっていくのか」というテーマの討論番組を観る機会があった。実はこの番組を企画した背景には、インターネットの登場によってテレビの終焉がもたらされるのではないかという危機感があった。現代の変化の波は構造的なものであり、それゆえ危機は努力論や道徳論で解決できる問題ではない。いや、そのはずだった。当然視聴者は視聴率に囚われすぎている点など製作者サイドに厳しい注文をつけた。しかし、当の制作者はこれからもいい番組を作っていきますという主張に終始した。特に昨今のやらせ報道などが話題に上ったとき、各局の製作者は、他の部署のそういう点はいけないと思うけれども、自分は自分の番組を真剣に作っていると述べた。

ここから透かし見えてくるのは私の近年の疑問と繋がっている。つまり議論の場における「本質論」の不在である。まず、人々は各々別のことに興味を持ち生活している。だから、他人の意見に対して熱く議論を交わそうとはしない。どこかしら他人は他人というしらけた態度である。その結果、社会の中に議論が生まれず、人々の意見が方法論にとどまって、本質論まで深まっていくことがない。こういう意味での悪循環が社会を覆っている。学問も専門分化が進み、それぞれが住み分けている状況だ。それらを統合し、では「21世紀の日本をどうするのか」というグランドデザインがなかなか出てこない。

各々が勝手な事を言い、人の話に食いついていかない時代。これこそポストモダンの現象と呼べるだろう。皆自分の人生の物語を紡ぐのに熱中して、社会全体の大きな物語を紡ぐことを放棄してしまっている。その結果、現状に不満を持つ人びとの想いは解消されることなく鬱積し続け、いつかテロやクーデターとなって噴出するだろう。実際、政官財に不満を持つ層は日々増え続けている。現在、270万人の失業者数や3万人の自殺者数は、社会に不気味な影を落しつつある。

では、どうしたらよいのだろうか。私はどんなに無力でも圧倒的な「言葉」を社会に復興するしかないだろうと考えている。すなわち、言論に思想と哲学を復興することである。オバマ大統領の演説が示したように、言葉は深い現実に触れたとき、人々の間にすさまじい反応を呼び起こすことができる。現代の専門家はこの言葉の持つ喚起力をあまりにも馬鹿にしている。また、言論に哲学を復興させるとは、自論(テーゼ)と反論(アンチテーゼ)を正面から受け止めてそれに引き裂かれながら、解決(ジンテーゼ)を見出す弁証法的かつ複眼的な思考を身につけるということでもある。少なくとも、自分のまだ知らない世界がどこかにあるはずだという、断定を避ける開かれた科学的態度に今の学者は立ち戻らなければならない。

現代文明の変化は構造的で、それゆえ小手先の方法論では解決することはできない。おそらく、そのことに多くの人は気付いている。ただ、とにかく短期的な目標や利益を上げるのに必死で、そこまで気が回らないのだろう。しかし、それは沈みゆくタイタニック号の乗組員とどこか似ていないだろうか。だからこそどこかでこの流れに棹さす対抗ヘゲモニーを言論界に作り出す必要がある。いまや少子高齢化を迎えいよいよ成熟文明に入った先進国日本は、経済最優先できた社会をchange(変革)すべき時期に差し掛かっている。またそれは戦後一貫してアメリカをモデルにしてきた方針をchange(変革)することをも意味する。むしろ今後は医療・福祉・教育などの面で、個人と共同体の折り合いをうまくつけながら文明を成熟させてきた欧州の様々な実験から多くを学びとるべきだろう。

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コメント / トラックバック4件 to “ポストモダン・テロリズムと日本の言論空間”

  1. Miho said

    大好きな秋月君へ。お久しぶりです。素晴らしいエントリーをありがとう。とても納得させられました。これからもどんどん発言していってくださいね。ずっと応援しています♪♪♪

  2. akizukiseijin said

    Mihoさん。コメントどうもありがとう。postmodern terrorismが最悪の形で爆発する前に、何とか日本の政治家や知識人は新しいオルターナティヴを国民に示す責任があります。にもかかわらず、どうも日本の言論はそういう大きな物語を避けている。How to 本ばかりが流行していますね。しかし今問わなければならないのは本質論であるはずなのに…。

  3. 【ジンテーゼ】かっこいいから会話で多用しようっと♪

    えぇぇぇぇ!!こり わきち向けのエントリ??ウィキを開けながらと。。。(笑)
    真のカリスマ が出現しずらい時勢だなー と再認識させられました。

    ちなみにさっきモンテレのおばちゃんと万象話したんですが、日本にいると全く入らない末端情報が、良くも悪くも察知できて面白いです^^

  4. akizukiseijin said

    dbadminさんへ。日本の言論空間で発言している方は皆それぞれ優秀な方たちだと思います。ただ、人々を引っ張っていくような強い訴求力を持つまでには至っていない。それは時代状況もありますが、やはり社会全体の大きな物語を紡ぐのを避けているからです。もちろん実用的な話も大切、でも一見非実用的に見えても人間を形作る大切なものはありますね。宗教などはその典型です。いま、日本に伝統的な宗教と呼べるものがあれば、人びとの孤独や不安をかなりの部分癒し得たであろうと思います。人間はパンなくしては生きられないとしても、けっしてそれだけで生きられる存在ではありません。今回のWBCのサムライジャパンの活躍は、まさしく今の混迷する日本にとってそういうかつての宗教的な役割を果たしたと言えるのではないでしょうか。

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