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Shota Maehara's Blog

問われる「賢い」政府

Posted by Shota Maehara : 1月 31, 2009

「100年に一度」とされる金融危機は、震源の米国から津波のように世界に広がった。日本も例外でなく、派遣労働者の急激な解雇や経営難に社会が揺れている。

 ノーベル賞を受賞した米プリンストン大のポール・クルーグマン教授は「経済を刺激せよ、刺激せよ」と、日本に期待する。市場の回復力頼みでは失業などの犠牲が大きすぎるから、ここは政府の出番。金融政策だけではなく、赤字をいとわず巨額の財政出動を、というのだ。

 この連載で見てきたように、相互依存を深めた各国は危機の連鎖を免れない。大量の失業を伴う世界同時不況は当面は悪化の一途をたどる。80年前に始まった世界大恐慌の悪夢もよみがえる。

 財政の出番であるのは間違いないが、不安もある。第一に、地球規模で十分な対策を打てるのか。1930年代にルーズベルト米大統領が公共事業などで失業救済を図ったニューディール政策は、財政均衡に配慮し中途半端になった。失望した英国の経済学者ケインズが40年に「民主主義下では戦時以外、十分な財政支出は政治的に不可能なようだ」と論文に書いたほどだ。

 もうひとつの懸念は、巨額の支出が利権を生み、資源配分のゆがみをもたらすことだ。特に日本は「土建国家」と評された公共事業偏重の仕組みが長年、政治腐敗の温床となってきた。

 不況を緩和し、同時にこうした不安を避けるには、まず国際的で規模の大きい協調策の樹立が求められる。グローバル・ニューディールだ。国連も旗を振る「グリーンな(温暖化防止に役立つ)新産業と雇用創出」や貧困救済を軸に、力を合わせることである。日本は技術力を生かしてその推進役になるべきだ。

 国内政策では、選挙目当ての公共事業や「ばらまき」に陥るのではなく、雇用、福祉、医療、教育、環境などの切実な課題に応えなくてはならない。失業対策をはじめとする社会的安全網の改善は格差是正に役立ち、消費を支える。一時しのぎに終わらせず「分厚い中間層に支えられた内需主導の新しい経済を生み出す」という視野を持って大胆に取り組むことが必要だ。

 米国主導のグローバル化が挫折し、世界がビジョンを模索しつつある。オバマ米次期大統領は「大きな政府でも小さな政府でもなく、機能本位の賢い政府を目指す」と語っている。日本も危機の克服と同時に、生活本位の立場から長期的な社会のあり方を考える時だ。民主主義の「質」が問われようとしている。(編集委員・小此木潔)

     ◇

 世界を揺るがす地殻変動はなぜ起きたのか。時代の潮流は、どこへ向かいつつあるのか。欧州の哲学者スラボイ・ジジェク氏と、米国の歴史家エリック・フォーナー氏に聞いた。

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■信頼再生へ政治の出番

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 ――今回の金融危機をどう受け止めますか。

 スラボイ・ジジェク氏「89年にベルリンの壁が崩れた時『社会主義』という夢が終わった。代わって登場したのが『自由市場』と『リベラル民主主義』の結びつきという新しい夢だった。90年代のグローバル化を通して、この夢が世界に広がった」

 「今世紀のほぼ10年で明らかになったのは、この新ユートピアも終わったということだ。まず01年9月11日に(米国への同時多発テロで)『世界に広がるリベラル民主主義』という側面が、象徴的な意味で終わりを迎えた。世界中で国々や人々を隔てる新しい『壁』が生まれた。イスラエルとガザの間には文字通りの壁が建てられ、米国とメキシコの間には、不法移民を防ぐフェンスが築かれた」

「第二に、08年の金融危機が教えたことは『市場万能の資本主義』という他の半面も破綻(はたん)したということだ。私たちは、市場を維持するためにさえ、強大な国家の介入が必要という現実を目にしている。グローバル化で市場が統合され、国家の役割は縮小するという説は正しくない」

 ――成熟した資本主義でも国家の役割は消えない、と。

 「米国では、規制緩和を推し進めたレーガン政権、最近のブッシュ政権下でも、いつも政治が経済に介入してきた。『政治から中立な市場』というのは幻想に過ぎない」

 「たとえばアフリカのマリでは、南部の綿栽培と北部の牛飼育が2大産業だったが、『市場開放』で大きな打撃を受けた。米国は自国の綿栽培業者にマリの国家財政を上回る補助を与えて、EU(欧州連合)は牛1頭ごとに年500ユーロ(約6万円)の財政支援をしている。マリ政府は『援助や助言はいらない。ただ、われわれに求めた市場開放を、欧米にもあてはめてほしい』と訴えている。自由市場というのは幻想で、これまでも各国は、自国優先の原則で行動してきた」

 ――この危機にあたって、何が必要とお考えですか。

 「90年代、政治家が何かを決断するより、市場に任せた方が賢明だという風潮が支配的だった。しかし危機に際しては、『重大な政治決定』が必要だ。経済危機だけでなく、この10年の間に環境、食糧、貧困などをめぐる問題は急速に悪化している。再び政治の出番が来ている」

 「その際、1929年からの世界大恐慌の後に、ヒトラーが危機の原因を『ユダヤ人の陰謀』などと解釈し、不幸にも人々がそれを受け入れた歴史を忘れてはならない。同時に、中央に権限を集中させる社会主義システムが、資本主義より機能しなかった歴史も忘れてはならない」

――オバマ米新政権への期待が高まっています。

 「ブッシュ大統領は、今回の金融危機で、9・11の時と同じレトリックの演説をした。米国は国家的な危機にあり、今は団結しよう、と。今はこうした軍隊式の国民動員は無意味だ。『敵』は、われわれのシステム自体かもしれないのだから。それに対し、オバマ氏は、問題が単純には解決しないことを伝え、『政治の再生』を訴えようとしている。より賢明だ」

 ――金融規制などで国際協調の必要はありませんか。

 「今回の危機で明らかになったのは、資本主義の全システムが『信頼』の一点に支えられているということだ。信頼が崩れたら資本主義は破局を迎える。(戦後の国際金融の基本になった)『ブレトンウッズ体制』に代わる仕組みが必要だが、それはより政治的なシステムであるべきだ。人々に信頼を与え、市場を組織化し、制御可能なものとするべきだろう」

 「世界システムは、米国の一極支配から、多極化に向けて変わりつつある。今は、冷戦時代のような明確なルールがない。ここでも、国際社会には政治決定による信頼性の回復が必要だ」(聞き手・外岡秀俊編集委員)

     ◇

 〈略歴〉旧ユーゴスラビアのスロベニア生まれ、59歳。リュブリャナ大で哲学博士号、パリ第8大学で精神分析学博士号。政治や映画など多彩な発言で知られる。著書に「厄介なる主体」(邦訳、青土社)など。

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■傷ついた「自由」修復を

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 ――経済危機のさなか、昨年11月の米大統領選で民主党のオバマ氏が当選しました。

 エリック・フォーナー氏「今回の選挙で興味深かったのは、オバマ、マケイン両候補とも、『自由』を真正面から論じなかったことだ。自由の概念を重んじてきた米国の歴史において、これは非常に珍しいことだ」

 「自由という言葉の価値がそれだけ傷ついていたからだろう。冷戦後、自由な市場、自由な個人に任せればすべてうまくいくという考え方が支配的だったが、国際金融危機で崩れ去ってしまった」

 「また、イラク戦争は『イラクの自由作戦』という名前で戦われた。自由が侵略の口実に使われたのだ。オバマ新大統領は、この傷ついた自由の概念を修復し、再構築しなければならない」

 ――どうすれば可能ですか。

 「自由には、外部からの制約がないという意味での消極的自由と、各人が自己実現できる状況をつくるという意味での積極的自由のふたつがある。後者は共同体的なもの、公共の利益を求めるものだ。近年の米国で主流だった消極的自由は、すっかり行き詰まってしまった。今日の状況をみると、経済的な安全保障もまた、社会が守るべき自由の一部だと考えるべきだろう。積極的自由の考え方をとる必要がある」

 ――消極的自由といえば、9・11直後、ブッシュ大統領が「いつも通り買い物を続けなさい」と言いましたね。

 「あの危機に直面したときに、米国民の多くは、犠牲を払って国に協力しようとした。しかし、ブッシュ大統領は、個人の自由な消費が景気を促進するということだけを訴えていた。消極的自由の枠だけで考えている限り、個人を超える発想は出てこない」

 ――同じように危機の時代の指導者だったルーズベルト大統領は「欠乏からの自由」や「恐怖からの自由」を唱えました。

 「ブッシュ政権と対照的だ。ルーズベルトは恐怖というものは、経済や社会にとってマイナスと考えていた。恐怖は自由の敵なのだ。人は恐怖心にとらわれているとき、個人の自由を制約する政策を受け入れてしまう。ブッシュ政権が行ったのはまさにそれだ。対テロ戦争を強調して、恐怖をあおり、恐怖心を政治の道具にした」

「私は冷戦が厳しかった50年代に育ったが、当時のほうがはるかに米国は危険にさらされていた。もし、ソ連との対決が熱核戦争に発展すれば、人類の生存そのものが脅かされるという状況だった。しかし、こんなに恐怖心をあおることはなかった。結局、ブッシュ氏は、9・11から米国にとって積極的なものを引き出すことができなかった」

 ――今回の大統領選は歴史の節目になりますか。

 「まだ評価するのは早いかもしれないが、レーガン時代以来続いた米国の保守主義のエネルギーが切れてしまったように思う。現代の保守主義は、フェミニズムや公民権運動など60年代の進歩的な動きに対する反動だった。60年代の戦いをもう一度戦い直していた。ところがいつまでも昔の戦いは続かない。若いオバマの登場で、今回の選挙は60年代を超えてしまった。保守主義は新たなビジョンを探さねばならないと思う」

 ――新政権誕生で世界と米国の危機は克服される道が開けるでしょうか。

 「大統領が交代するだけで問題が解決するわけではない。米国が抱えている課題の困難さは同じだ。だれが米大統領になっても、超大国を運営する難しさは変わらない。米大統領は世界中に影響力を行使する立場に立つ。小国を統治するように、控えめというわけにはいかないのだ。要は、その影響力をどう使うかだ。単独行動主義的に進めるのか、国連など多国間の枠組みを活用するかだろう」(聞き手・三浦俊章論説委員)

     ◇

 〈略歴〉米ニューヨーク市生まれ、65歳。著書に「アメリカ 自由の物語」(邦訳、岩波書店)など。米歴史学協会会長を務めた。若いころはベトナム反戦運動にも参加。いまも政治問題に積極的に発言している。

     ◇

 「世界変動/危機の中で」は今回で終わります。

(2009年1月12日asahi)

(引用元:http://www.asahi.com/business/update/0111/TKY200901110152.html

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