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Shota Maehara's Blog

古典から読む二つの民主主義―マキアヴェッリ・モンテスキュー・トクヴィル

Posted by Shota Maehara : 11月 24, 2008

イタリアの政治思想家・マキアヴェッリは、かの有名な『君主論』(第四章)の中で、アジア型国家の統治形態と、ヨーロッパ型国家の統治形態を次のように説明している。

まず、トルコの君主国は、一人の支配者に統治され、他の者たちは彼の下僕である。君主は、全国を幾つかの行政区に分け、執政官を任命し派遣するが、彼らはいつでも君主の命令で別の官吏に交代できる。いわば中央集権的な官僚国家を形成している。このようにアジアで権力が一人に集中してる姿は、アジア的な特徴であり、時に東洋的専制主義とも呼ばれる。<アジア―中央集権―東洋的専制主義国家>

それに対し、フランス王国では、君主以外にも多くの貴族や諸侯がそれぞれの領土と領民を治めている。彼らはその領内で臣民に主君と仰がれ、愛されているために、王といえども危険なしに彼らから特権を奪うことができない。いわば、地方分権的な体制を敷いている。このようにヨーロッパで権力が多数に分立している姿は、封建制の特徴である。<ヨーロッパ―地方分権―封建主義国家>

では、この統治形態の差異は、どのような戦略上の帰結を生むのだろうか。アジアの専制国家を侵略する場合、相手は一丸となって抵抗してくるが、一度敵の政治的権力を奪取してしまえば、権力とつながりの薄いその他の臣民はおとなしく従うだろうと予想される。だが、封建的なヨーロッパの場合、権力が一枚岩でないために、国内に攻め込むのは容易いが、たとえ王を倒した後も他の諸侯たちが頑強に抵抗してくるだろうと予想される。

こうした区別をした上で、フランスのモンテスキューやトクヴィルは、アジア型の国家を専制主義と位置づけ、ヨーロッパ型の国家を民主主義のあるべき姿として捉えていたと一応言うことができる。

しかし、フランスはアンシャンレジーム(絶対王制)の下で、急速に政治と行政を王の下に中央集権化し始める。さらに、一七八九年の民主革命によって、フランスは強力な中央集権政府を完成させ、その下で民主主義を実現する。ナポレオンはこの時代の変化を逸早く感じ取り、それまでの騎士道風の個別戦法から、国民皆兵による集団戦法を採用し、近代的な軍隊を創始した。つまり、近代民主主義はその誕生時から、急速にヨーロッパ型からアジア型に姿を変えていったということなのである。

先のマキアヴェッリの記述に従えば、一方のアジア型の民主国家は侵略するのは難しいが、統治するのは容易く、他方のヨーロッパ型の民主国家は侵略するのは容易いが、統治するのは難しい。そうであるならばアジア型に近づいている我々の民主政は政治家や官僚が専制的な権力を振るい易い支配構造になる危険性を孕んでいると言えるのである。だからこそ、トクヴィルはこの強力な中央集権的政府と無力な国民の群れという構図のなかで、権力が介入できないかつての貴族に変わる中間集団の役割に着目したのだ。例えば、それは司法権や教会や大学や市民団体などの存在である。

最後に本論を少し拡張することにもなるが、もし民主政治が未来に崩壊する可能性があるとしたら、一体どんな要因によってであろうかという点について若干触れておきたい。おそらく歴史的にそうした事態が起こり得るのは次の内部要因と外部要因の二つの道からであるだろう。

A. 内部要因:市民が自己の関心に引きこもり、仕事や家庭のこと以外気にかけなくなる。公共の利益のために奉仕する精神が失われ、徐々に中央政府の集権化が進行する。

B.外部要因:民主政治は商業を営み、平和を好む平時のための政治体制であるが、テロや戦争や外交などの安全保障上の問題が起こり、国内で不安に怯える国民の共感に支えられて独裁的な政治家や軍部が権力の中枢を担うようになる。

こうした危機を未然に防ぐ手立てとして、我々は机上の空論や何処にでも通用する魔法の杖を期待すべきではない。むしろ、それぞれの国が持つ歴史の中から、権力を抑止し、市民一人一人に自由な空間を確保する政治的仕組みを取り出していかねばならない。なぜならば日本、イギリス、アメリカ、イタリアさらにはフランスなど諸国には言うまでもなくそれぞれ固有の政治的な伝統が受け継がれているからである。

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コメント / トラックバック2件 to “古典から読む二つの民主主義―マキアヴェッリ・モンテスキュー・トクヴィル”

  1. どうもーん。

    B.は問答無用でおっかねぃすが、

    A. のモチベーション低下が粛々と進行してる現状も怖いす。文明の進化と比例して下がるモノなんだろうか・・・

  2. akizukiseijin said

    dbadminさん。コメントありがとうございます。日本が危機的な状況に向かっているなら、それを先回りして対策を練っておくしかないですね。日本には宮崎駿監督や山田洋次監督など優れた表現者がおり、彼らは日本人に大切なメッセージを送り続けています。彼らの作品が日本でもヒットするということは、まだまだ日本は捨てたものじゃないなと思います。イタリアの思想家アントニオ・グラムシに倣って、私たちも「知性においては悲観主義でも、意志においては楽観主義である」ことを貫いていきたいですね。またそちらにも遊びに行きます!!!

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