I am the vine; you are the branches

Shota Maehara's Blog

英語と自由政治の誕生

Posted by Shota Maehara : 10月 2, 2008

1.

私は、あまり人に媚びず、自分のポリシーを持っている人が好きであった。そんな潔く凛としていながら、同時に粘り強さを持っている人をイギリス人の中に多く見出した。今でも、国民による王室批判は当たり前、BBCは、あからさまに政治家を挑発するようなからかうような記事を放送する。つい二、三年前にもイギリス出身のギタリスト、エリック・クラプトンがナイトの称号を授与された時、彼は記者の前でこう言い放った。

「いや、実はそんなに欲しくはなかったんだけども、貰ってくれというから貰ってやったんだ」

これを傲岸不遜と取る人も日本には多いかもしれないが、彼は彼流に立派な愛国者なのだ。ただ、国家に媚び諂うことなどはしない。たとえ相手が公職者や地位のあるものであろうが、人間としては対等であるという考えがそこにはある。彼らイギリス人は別に自由主義政治思想などを特別に勉強したわけではない。それはイギリスという社会・文化そのものの精神的風土なのだ。

これを別の視点に立って考えてみると興味深い。つまり、私はなぜ今のような思想を持つにいたったのかと問われた場合、何か特別に自由主義や個人主義の思想書を紐解いたからというよりは、若いころから英語を通して自己形成してきたからと言うほかない。いうなれば言語とは、他の国の文化・伝統のDNAを運ぶ遺伝子のようなものなのだ。

英語を独学で学び始めた頃、私は、まず英語といっても、少なくともイギリスの英語、アメリカの英語、カナダの英語に少なからざる差異があることに気づいた。それは文法・語法云々ではなく、もっと本質的な何かである。例えば、私の受けた印象でいえば、アメリカの英語は一番読み安いが、中身は薄っぺらい。そして、イギリスの英語は硬質であるが、極めて格調高くそして歴史的な事例を通して語りかける。さらに、カナダの英語は、文体は極めて堅いが内容は濃く、しかも哲学的である。全体的に、英・加両国の言語からは、ヨーロッパの思想・哲学の伝統が入り込んできている故に、とても深みがある。

私は、意識的にアメリカの原書よりもイギリスの原書を通して学んでいった。それは私の哲学的な志向からすれば当然の選択だった。哲学の存在しないアメリカに魅力はなく、イギリスを通してヨーロッパの哲学の伝統に触れようとしていたからだ。その結果、聖書をはじめドイツやフランス、イタリアの書籍をも英訳で読み進めていった。まさに人間が持っている思想と言語の間とには密接なつながりがある。

 

2.

かつて近代日本の明治において、一時英米系の自由主義思想が華開いた時期があった。夏目漱石や内村鑑三や福沢諭吉をはじめ多くの知識人は、この国に真のリベラルな市民社会を創ろうと懸命に海外に渡って学んだ。いうまでもなく彼らは文明を英語という窓を通して摂取した。特に、明治十年代に活躍した彼らが、ほぼ在野の知識人であったことは注目に値する。

やがて、日露戦争も終わるとドイツの影響によって国家主導で、産業を興し、軍備を増強する帝国主義的政策が開始された。それに伴って、ドイツ語を学ぶ知識人の間で国家こそが最高の理念であるというという幻想が生まれた。その反動としてドイツ語やとりわけロシア語を学ぶ知識人が民衆の立場から社会主義を奉じ、革命を唱え始めた。だが、この両者はいずれも滅びの道でしかなかったことを歴史は教えている。彼らは国家や主義のために、自分に従わない他人の存在を暴力によって抹消しようとしたからである。

 

3.

今、日本は世界でも稀な、学生の街頭デモもなく、人々が自分で未来を切り開くという希望が持てない民主政治になり果ててしまった。なぜこうなったのか。私はその深い原因は、戦後のアメリカと強い同盟関係にあったためにその煽りをもろに受けて、消費社会の高まりとともに民主的な平等こそが最上の価値であるかのように見なされてきてしまったからではないのかと考えている。そして国や公共心の名の下に、個人を抑圧し、みんなと同じ考えを持たせ、偽りの平等を押しつけているからだと思えてならない。同質性を重んじ、そこから逸れるものを仲間から排除していく。それを後から支持し、世論を形成しているのは実は国民ではなく商業主義一辺倒に偏ったメディアではないのか。

英語は多様だが、我々はアメリカだけを見ている。そのアメリカも戦後に「自由主義」から「民主主義」へ大きく舵を切った。しかし、トクヴィルが述べるように、近代デモクラシーは、人びとの平等化を推し進める過程で、価値観を同質化させることによって、専制への道を敷いた。それを防ぐ方法は、そうした国家か人民かの二元論を超えて、その両者に楔を打ち込める自由な個人の存在を社会が抱えておくことなのである。異論を排除しないこと。これこそイギリスの伝統から我々が学ぶべきエッセンスなのである。

広告

コメント / トラックバック2件 to “英語と自由政治の誕生”

  1. リーブズ said

    こんなすごい文章を読んだのは何年振りでしょうか。おそらく、いまネット上にあるブログで、いや今書かれている文章の中で最も本質を言い当てている。そう思わずにはいられません。読んだことのない文体で、不思議と呼んでいると入ってくる。本当にすごいです。これからも応援してます!!!!!!!!!!!!!!!

  2. akizukiseijin said

    リーブズさん。コメントありがとうございます。まだまだ自分の考えをうまく文章で伝えることが出来ていませんが、今後も努力していきたいと思います。アドバイスよろしくお願いいたします。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中