I am the vine; you are the branches

Shota Maehara's Blog

 絶海の孤島としての文明

Posted by Shota Maehara : 4月 26, 2008

近代市民社会は虚構(フィクション)であり、しかるに自然(ネイチャー)に帰ろうという心根には頽廃が潜んでいる。自然とは単に安らぎだけを与えてくれる慈母のような存在ではなく、恐ろしい災害や天変地異によって人間を飲み込んでしまう畏怖すべき存在だ。だから近代社会はそれを少しでもコントロールしようと自然を模倣し、そっくりの人工楽園=都市文明を築き上げた。確かに19世紀以来産業文明は自然に対する畏怖を忘れ、傲慢になり、すべてをコントロールできると勘違いしてきた。しかしこれは、文明そのものを放棄することを意味しない。我々は文明の中だけでしか生きていけないか弱い存在だからだ。要は文明と自然とのバランス=調和を取り戻すこと。つまり、人間の理性に基づく「自制心」(吾唯足知)によって戦争や消費への欲望を抑制できるかにかかっている。ヴォルテール『カンディード』を参照せよ。

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