I am the vine; you are the branches

Shota Maehara's Blog

仏教界の変化を読む―教えを説く仏教から行動する仏教へ

Posted by Shota Maehara : 4月 19, 2008

3月21付産経新聞で、同紙のモスクワ駐在・遠藤良介記者が、面白い短信を紹介している。

遠藤記者が紹介しているのは、国営ロシア通信が3月17日に配信した、チベット騒乱に関する、同社のコスイレフ評論員の論評である。以下にその1部を引用する。

「死傷者の半数以上は中国政府の関与しない放火事件で出た。騒乱が発生した場合、まず最も厳格な手段で、人々の生命と財産を守り、無秩序に歯止めをかけるのがあらゆる政府の義務だ」

と、国営ロシア通信はまずは中国政府にエールを送る。とまあ、これは同様の問題を抱えているロシアのメディアとしては、別にどうということはない。

耳目をひくのはこの後の部分。

「世界的な規模で攻撃的な、少なくとも政治的に活発な仏教が現れてる」とロシア通信(写真はイメージ、ロイター) 「注目に値するのは、世界的な規模で攻撃的な、少なくとも政治的に活発な仏教が現れてることだ。チベット情勢との関連は不明だが、昨年のミャンマー反政府デモでも僧侶が中心的役割を果たした」と、仏教徒を引き合いに出したことである。これはある意味、衝撃だ。

仏教、あるいは仏教徒というのは、記者の認識では、3大宗教の中では、最も他者に対し寛容的である。ほかの2大宗教が「唯一神教」であるのに対し、仏教は宇宙の万物(さらには過去も未来も)すべてを包含する。

世界史的に見ても(日本では一向宗のような例外はあるものの)、総じて、暴力を使うような過激な行動は少ない、という印象である。仏教はむしろイスラム教あたりから攻められ、侵され、偶像を否定するイスラム教徒によって仏像を破壊されるという受難の歴史の方が印象的だ。現に、近年に入っても、アフガニスタンのバーミヤン大仏が(すでに信仰の対象ではなく文化的遺産ではあるが)、タリバンによって破壊された、という事例もある。

ロシアの通信社が、チベット問題、あるいはミャンマー問題を、「政治的に活発」「世界的な規模で攻撃的」という表現で、「仏教」批判というかたちで切り込む論評を配信した。

要するに、チベットの問題も、ミャンマーの問題も、本質は「人権」問題でもなく、「自由化・民主化」問題でもなく、また「独立・自立」問題でもない、宗教問題だ、と提起しているのだ。

(以下省略)

(仏教徒は過激派たりうるか―チベット問題を仏教問題として捉えるロシア通信の論評斉喜 広一(2008-03-31 13:30)/http://www.ohmynews.co.jp/news/20080330/22794)

■関連

阿満 利麿「仏教と社会運動―エンゲイジド・ブッディズムとは」http://www.sousei.gr.jp/kouhou/sousei/130/130_4.html

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中