I am the vine; you are the branches

Shota Maehara's Blog

「身体髪膚、これを父母に受く、あえて毀傷せざるは孝の始め也」「身を立て道を行い、名を後世に挙げ、以て父母を顕すは孝の終り也」(孔子)

Posted by Shota Maehara : 3月 11, 2008

カントが『判断力批判』のなかで、美と区別して「サブライム」(崇高)と言っているのも、それと同じだと思う。美が感覚的なものに根ざしているとしたら、サブライムは感覚的に不快なものを突き抜けたときにのみ感じられる。カントはそこにメタフィジカル(超感性的)な次元を見出したけど、僕はそれもフィジカルなものに根ざしていると思います。マゾヒズムがなぜ快楽か。それは普通の快楽を犠牲にすることによって快楽物質を獲得するからだと思う。宗教的な法悦とかいうけれども、メタフィジカルも結局はフィジカルでなはいのか。(対談-柄谷行人「国家・家族・身体」)

人間が苦痛なことに快楽を見出すということを理解できないと、人間全体が理解できないんじゃないかなと思う。経済学でも何でも、特に近代経済学はそうだけど、人間は快楽を志向する、苦痛なこと、不利なことはしないと決めているんだけど、そんなことないよ。そういう仮説を立ててやっているから、経済現象までわからない。…人間は苦痛を快楽にしてしまう奴らだということをわかっていないとまずいんじゃないかな。(対談-柄谷行人「国家・家族・身体」) 

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