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Shota Maehara's Blog

吾唯足るを知る―山田洋次監督『武士の一分』

Posted by Shota Maehara : 1月 1, 2008

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先日、山田洋次監督の『武士の一分』を観ました。妻を手篭めにされた盲目の侍が、その張本人である上役の侍と果し合いをする場面がクライマックスにあります。盲目の侍は、ついに一刀のもとに相手の片腕を切り落とします。

そこで、お付きの爺に、「止めを刺されますか」と問われます。すると彼は、痛みにうめき叫ぶ相手を前にして、「いや、もう十分だ」と言って立ち去るのです。その後、片腕を切られた相手の上役は、誰にやられたのかを告げることなく、切腹して果てます。

かくして、盲目の侍はお咎めを受けることなく、再び離縁した妻とともに暮らすのです。勝者とともに敗者の側にも「武士の一分」があり、ともに華を持たせようとする山田洋次の美学がここにあります。これは敗れた側を完膚なきまでに叩こうとする今の日本やアメリカの姿となんという違いでしょうか。どちらがより文明的といえるでしょうか。

現代文明は、進歩の長い旅路のどこかで「足るを知る」という生き方を学ばなければならないと思います。それは常に自己を超えた他者の存在を感知することで自らを制御し、同時に新たなるものに開かれている生き方です。

あらゆる商品経済の波が社会を覆い尽くそうとしている今、いたずらに産業化されてはならない生命の根幹に関わる領域があるはずです。例えば、教育、医療、福祉、環境などです。それらを守りつつ発展させ新しい時代のあり方を模索する一人でありたいと願っています。

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