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Shota Maehara's Blog

なぜ宗教は現代人の心を魅きつけるのか

Posted by Shota Maehara : 10月 3, 2007

ヨブ記なぜ宗教は現代人の心を魅きつけるのか。この難問に対して私は次のように考えている。

例えば、マルクスが『資本論』で示したように、たとえ形式でいくら問い詰めても、「価値」なるものが最後まで残ることは否定できない。同様に、いくら啓蒙しても、「宗教」なるものが最後まで残ることは否定できない。

では我々はこの「価値」、「宗教」なる実体のないものをフェティッシュに愛でるべきなのだろうか。単に「価値」なるものを無視する啓蒙主義者を否定する一方で、マルクスは、その「価値」への信仰(形而上学)がいかにして生まれるかを構造的に説明しようとした。その存在を認めた上で、それを明らかにしていこうとする。このような態度が不可欠だ。

また、フロイトは、「理性と感性」や「善と悪」や「意識と無意識」というロマン主義者ばかりか啓蒙主義者も囚われている図式を疑った。そして、精神病患者(戦争体験者の反復強迫)との対話から、人間の根源には、そうした二元論を超える「死の欲動」と呼ばれる攻撃性が潜むと考えた。そこから、人間の戦争や宗教の起源を探ろうとした。

悲劇的なことに、こうした攻撃性は、理性によって他者を「友と敵」に分けることによって増幅される。だから、理性によっては理性が生み出す暴力や戦争を抑止できない。したがって残念ながら大きな挫折を通してのみ、外に向かっていた攻撃性は自分自身に向かう。このときに初めて戦争の再発を抑止できる「倫理」が生まれるのである。

 

※マルクス:労働価値と価値形態についてのメモ

※フロイト:死の欲動についてのメモ

※カント:啓蒙についてのメモ

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