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『大英帝国衰亡史』(中西輝政)を読む―「貴族の精神」と民主主義

Posted by Shota Maehara : 9月 26, 2007

大英帝国衰亡史

大英帝国衰亡史

1990年代に入って、グローバリゼーションが叫ばれるようになると、国家や国境にはもはや意味がなくなるという意見が人々の口にのぼり始めた。ただ、市場とは本来グローバルなものである。それを拒んでいたのは19世紀以来の国民国家の存在であった。2001年の9.11同時多発テロ以降、テロとの戦争という名目で、ふたたび国家を前面に押し出した西欧とイスラム文明の対立の構図が唱えられている。そこで、我々は国家の衰亡を文明史の中に置いてもう一度再検討してみる必要がある。

中西は、歴史家の立場から、国家の衰亡の要因を「外」ではなく「内」に求める。すなわち、「偉大な国家を滅ぼすものは、けっして外面的な要因ではない。それは何よりも人間の心のなか、そしてその反映たる社会の風潮によって滅びるのである」(ジョバンニ・ボテロ)という視点を採る。言い換えれば、それは物質的な要因ではなく、精神的な要因によって滅ぶというわけである。

特に、大英帝国を伝統的に支えたかつての「貴族階級」(aristocracy)の衰退・消滅が最大の要因であると見る。彼らが帯びる「精神の貴族」とは、一言で言えば、「より遠い未来を見据えて、国家のためには、あえて「異端」に耐えつつ、一貫して強力に代替政策を訴えつづけるというエリートとしての精神的伝統」である。その際、彼が強調するのは、知のマニュファクチュアとでも呼べる政治家や知識人の親子・師弟間での語りえない経験や知恵の継承の重要性である。

ではこうしたイギリスの帝国を支える「貴族」は、一体なぜ衰退してしまったのだろうか。中西は歴史家として慎重な立場から明言を避けているが、おそらく次の二点の影響が大きいと思われる。

1.第1次世界大戦による50歳以下の貴族の男子の約20%の戦死

2.19世紀後半から20世紀初頭にかけての大衆社会の到来

第1の要因に加えて、第2の要因によって階級社会イギリスにおけるエリート階層への不満は増大する。その結果、生まれたのが政治のポピュリズムである。国民の間ではかつてのような貴族への尊敬が薄れ、むしろ、ボーア戦争賛否で分裂する世論を前に、新しい大衆向けパフォーマンスによってアピールしたロイド・ジョージやチャーチルのような20世紀型政治家が首相となる。

だが、皮肉にもこのチャーチルこそが大英帝国を終わらせたのである。つまり勝利のためなら財政が破綻することも厭わない無謀な戦争遂行によってイギリスは戦後債務超過に陥り、アメリカに覇権を譲り渡すことを余儀なくされる。こうして見るとまさしく大英帝国の衰亡の歴史は、貴族のバランス感覚の喪失と期を一にしていたかのようである。

このように本書の意義は、国家の盛衰における、とりわけイギリスにおける、伝統的な指導階級・エリートの不可欠な役割を歴史的に浮かび上がらせたことにある。そしてまた、この自国の歴史や伝統を重んじる態度が、社会のバランスをとるための錘(おもり)になる反面、いざ改革が必要なときに既得権益を守る抵抗勢力にもなるという歴史のジレンマを正しく指摘し得たことにあると言えるだろう。

しかし、あえて私は氏の言説が語られる「ポジション」に疑問を呈したい。なぜなら、たんに国家の指導階級における貴族的なエートスを称揚するだけなら、それは通俗的な保守主義に堕してしまうのではないだろうか。たとえ同じことを主張したとしても、ポジションを移動することで言説はその意味を大きく変える。つまり、保守やエリート主義の立場から貴族やその精神を称揚するのではなく、むしろ民主主義社会のバランサー(調節者)としての「貴族」を見出すべきだったのだ。

だからそれは本来機能さえ同じであれば貴族であってもなくても構わない。もともとイギリスに比べて階級差が弱く、表面上は平等を建前としている日本の文脈ではかえってそのほうが好ましくもあるだろう。たとえば戦後民主主義の代表である丸山真男は、こうした絶妙なバランス感覚によって、明治の非政治的な自発的結社である明六社の中にこの貴族的機能を果たす「中間権力」の可能性を見出している。

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