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Shota Maehara's Blog

「タクシードライバー」―暴力についての断章

Posted by Shota Maehara : 9月 3, 2007

1976年、ベトナム戦争が終結し、アメリカは戦後の虚脱感と経済不安に見舞われていた。ベトナム帰還兵は、戦場での暴力の日常性と祖国での市民生活の平穏さに、戸惑いを覚えていた。本作「タクシードライバー」(マーティン・スコセッシ監督)はこうした時代的文脈の中で公開された。海兵隊上がりのタクシードライバーであるトラヴィスの視線から、ニューヨーク大都会で暮らす青年の孤独感と絶望、そして銃による殺人という暴力行為に至るまでの過程が実に生々しく描かれている。

不眠症に悩む青年トラヴィスは、まさに「自意識」に囚われた人間だ。その病的な自意識の肥大には驚くばかりである。大統領候補の選挙事務所に勤めるベッツィーに言い寄るときも、現実の彼女以上のものをそこに見ている。つまり、自己の妄想した彼女をそこに投影しているのだ。二人の関係は、デートにポルノ映画へ誘ったことが彼女を憤慨させ、唐突に終わる。

しかしトラヴィスは、この現実をなかなか受け容れられない。彼女の仕事場に乗り込んで「君もやはり奴らと一緒だったのか」と叫ぶがもはやどうすることもできない。この出来事をきっかけにして、彼と世界との危うい均衡は崩れ始める。世界の醜さを嘆いていた彼は、いまや己の無力感と向き合わなければならない。ただ折れかけた自己にとってこれはあまりに重荷だった。

そこで、彼は自意識の中で、自分にはある使命が課せられているのだと妄想する。それは、自分がこの汚れ切った世界に再び清浄さを取り戻すことである。こう考えることで彼は一瞬自己の重荷から逃れられるからだ。そんな折、以前街で偶然自分のタクシーに逃げ込んできた幼い売春婦、アイリスに再び出逢う。売春宿に入ると彼女がまだ12歳であると知らされる。すると、トラヴィスは、「君を救いに来た。君は騙されている。なぜそれが分からないんだ。」とアイリスに詰問する。「助けてあげる」と叫ぶ彼に、彼女は全くといって良いほど状況が飲み込めない。

当然だろう。彼が話しているのはもはや彼女であって彼女ではないのだから。

自己の無力感という重荷から解き放たれ、ある使命感に突き動かされてからの彼は、肩の荷が下りたように活動的になる。銃を手に入れ、毎日筋力トレーニングに励みまず体を作り直そうとする。彼は自分を生まれ変わらせたいかのようだ。ここでトラヴィスが、銃を手に鏡の中の自分と向き合い、「何が言いたい」と話しかけるシーンが印象的である。もはや彼は自己対話さえ拒絶している。自己ならぬ自己の怪物に自分を譲り渡してしまっているからには。

ここからドラマは佳境に入る。外界を失った人間が最後に行き着く所は、その破壊である。トラヴィスはまずベッツィーがその下で働いている大統領候補パランタインを演説中に暗殺しようとして失敗する。その後、彼は正義の名の下に売春斡旋業者スポーツや用心棒、アイリスの売春相手を立て続けに射殺。その際、自らも負傷してしまう。そして自分を英雄と見なした男トラヴィスは逮捕されるどころか、売春少女を家族に取り戻し、家族から感謝状を受け、世間から英雄視される。

最後に、傷の癒えたトラヴィスがタクシードライバーに復帰するシーンがある。するとこそにかつて憧れていたベッツィーが乗り込んでくる。「新聞で読んだわ。怪我の具合はどう?」と尋ねる彼女に、彼は笑みをこぼす。まだ何か言いたげな彼女を残して、タクシーは夜の街を滑っていく。こうして彼女から傷つけられた自尊心は、世間から勝ち得た賞賛によって埋め合わされた。映画はバックミラーを覗き込む彼の姿で幕を閉じる。

このラストシーンは、都市における暴力の遍在のメタファーである。暴力は突如あらわれ、また日常へ回帰していく。暴力とは対話を拒絶することから生まれ、最終的には自己との対話をも拒絶することである。それは無力な自己からの逃避であり、情熱に駆られて自己ならぬものに自己を託すことである。しかし外界からの遮断は自己を救うことにはならない。もし外界のすべてを破壊し尽くすか、あるいは自殺するのでない限りは。トラヴィスのタクシーはいまもニューヨークの街を廻っている。

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