I am the vine; you are the branches

Shota Maehara's Blog

岡倉天心とウィリアム・モリス 第2部

Posted by Shota Maehara : 8月 28, 2007

坂部は先の講演の中で、岡倉天心が『東洋の理想』や『茶の本』のなかである種キーワードとして用い、主に一五、六世紀室町時代に花開いた「個人主義」(individualism)を概念付けて、ロックやベンサム的な政治的自由と区別するために、それをむしろ精神的なものに関わる「霊的自由」と名付けている。

かつてイギリスの批評家ハーバート・リードは、自由に関して、個人の能力を開花させる「自由」(freedom)と市民の社会的な自由を意味する「自由」(liberty)を区別する。更に遡って明治日本の自由民権運動期において、この外来思想としての「自由」とは如何なるものかが問われた時、東洋のルソーと呼ばれた中江兆民も「東洋自由新聞」の中で、自由とは政治的自由を意味する「リベルテ・ポリティック」であるより先に、それを成り立たせている精神的自由を意味する「リベルテ・モラル」であると主張している。したがって、同時期の福沢諭吉の同様の指摘を加味して考えるなら、このような坂部が指摘する岡倉の「個人主義」=「霊的自由」はある種時代の共通した雰囲気をその身に帯びていると言うこともできる。

しかし、より広い世界史的視野に立つ時、我々が想起しなければならないのは、そもそも資本主義を成り立たせている市民や個人主義のエートスには、はじめから精神的な、それこそ宗教的な響きがあったということである。言うまでもなく、このことを象徴的に表現したのは、マックス・ヴェーバーの著名な「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」という一連の研究である。

特にこの岡倉とモリスの思想のなかにある「個人主義」の問題にとって注目に値するのは、宗教改革以降のプロテスタンティズムがもたらした世俗内禁欲と天職義務の反営利主義が如何にその後営利的な近代「資本主義の精神」に転化したか、とりわけそこにおける「職人」の役割に注目している箇所である。日本におけるヴェーバー研究の先駆者大塚久雄は、次のように指摘している。

ところで、どうしてそのように変化していったのか。「世俗内的禁欲」のエートスの持ち主たちは、さきにも説明したように、小商品生産者たちのなかにいちばん多かった。ジョン・バニヤンなどがその典型です。彼はベッドフォードの郊外―この郊外のというのが重要なのですが―いかけ屋さんです。しかも貧乏ないかけ屋さんですが、立派な信仰をもっていた。こういう職人たちが、とりわけ郊外から農村(カンツリー)地域に広がっていた。こういう人々は、金儲けをしようなどと思っていたわけではなく、神の栄光と隣人への愛のために、つまり、神からあたえられた天職として自分の世俗的な職業活動に専心した。しかも、富みの獲得が目的ではないから、無駄な消費はしない。それで結局金が残っていった。残らざるをえなかった。(マックス・ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』岩波文庫、解説、四〇四頁)

この様に自立した小商品生産者たる職人たちが、「天職義務」(Beruf)を内面化し、産業経営者へと成長していく過程で生み出されていく「資本主義の精神」は、マルクスが言うような資本の本源的蓄積(農奴を土地と生産手段から引き離す過程=労働者形成の過程)以前のその前条件となる自生的マニュファクチュア段階を準備する。そして、マルクスが後にフランスなどの亡命先で直面するこうしたマニュファクチュアの職人―その多くはアナーキストであったが―こそが、当時の産業革命以前からの社会主義運動を担っていたのである。   

言うまでもなくその代表的な人物の一人がフランスのアナーキスト、プルードンであった。彼自身も植字工として諸方を転々としながら思索を続け、フランスの二つの革命の失敗の教訓から、これまで政治的自由が囚われている全体と個の弁証法的関係、すなわち政府と個人の自由をどう両立させるかという近代の躓きの石とでも呼べる問題に別様の答えを提示した。

すなわちそれは、単なる個人でもない自律した技術体系に支えられた職人達のマニュファクチュアが生み出す「自由」の「集合力」という概念であった。やがて、こうしたマニュファクチュアの職人達による連合=アソシエーションによって営まれる生産協同組合の考えは、産業革命以後国営の大工場制の前に消えてゆくが、日本の哲学者柄谷行人が『トランスクリティーク』の中で示唆するように、晩年のマルクスによってこの考えは依然保持され続けていた。

ここで注目すべきは、岡倉とモリスが生き、そこで思考した日本とイギリスこそ、近代芸術の中で絵画などの大文字の芸術に対して見下されてきた手仕事を重視する伝統をもち、多くの職人を抱えていた国であるという歴史的事実である。とりわけイギリスは産業革命による機械生産の脅威に反対して職人達による「ラッダイト運動」(Luddites)が発生した国でもある。これは、一八一一から一六年頃にかけてヨークシャーなどの工業地帯で起った機械打ちこわし運動を指している。

このように都市のギルド職人や、郊外から農村へ広がった職人達と結びついて農村地帯から始まったイギリスの産業革命はその成立とともに、当の担い手であった職人達を逆に抑圧してゆくことになる。その後、イギリスの反資本主義的な社会運動は、こうしたギルド職人のエートスを基に、組織されていくこととなるのである。すなわち、それがイギリス独自な社会主義運動である「ギルド社会主義」になるのである。我々が先に見たモリス等のアーツ・アンド・クラフツ運動もこの観点から眺められねばその意味の大半を失ってしまうといえるだろう。

まさにこうした世界同時代的な自由な「個人」によるアソシエーションの可能性を歴史的に、文化史的に探り、跡づけ、独自のコスモポリタニズム(世界市民主義)へと繋げたことに岡倉とモリスの仕事の平行性があったと考えられる。そうした歴史性を保持していると言う点で、彼らこそロマン主義者と呼ばれるべきであり、明治二〇年代以後近代の議会などの諸制度が確立していく中で見失われた日本とイギリスのロマン主義の系譜にある左翼的アナーキズム思想の知的水脈なのである。

広告

コメント / トラックバック1件 to “岡倉天心とウィリアム・モリス 第2部”

  1. しらす said

    http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/sociology/1203860612/l50このスレにいらして。アーツアンドクラフツ運動、アソシエーショニズムなどが話題に。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中