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Shota Maehara's Blog

岡倉天心とウィリアム・モリス 第1部

Posted by Shota Maehara : 8月 28, 2007

 明治以降、日本の伝統美術は、お雇い外国人教師フェノロサによって見出され、後に彼に学びつつ独自の考えのもとに、岡倉天心は事実上彼を押しのけて、東京美術学校の校長の地位についた。そこで彼らの考えを決定的に分かったのは、日本の伝統美術に関する芸術観ばかりでなく、芸術を通した先にある社会形態・産業形態のヴィジョンであったと考えることができる。

すなわち、師のフェノロサは特に「美術真説」と題された講演の中で、浮世絵をはじめとする日本の伝統美術が、その明治初頭の日本で最大の輸出品であるこという認識に基づいて、今後よりいっそうの商品性を追求すべくまさに西欧で産業革命がもたらしたデザイン革命であるところの「美術」(芸術)と「技術」(労働)の分離をここ日本でも推し進め、後者をより重視すべきことを示唆した。

それに対して、岡倉天心は後に英語で出版された『東洋の理想―日本の伝統美術を中心として』の序文でインド名を持つイギリス人女性によって「日本のウィリアム・モリス」と呼ばれ、仕事の平行性を指摘されたことからも窺われる様に、同時代のイギリスの美術工芸家・作家・社会運動家のウィリアム・モリスの考えと親近性があったといえる。では、それはどのようなものであったか。

一九世紀ヴィクトリア朝のロマン主義詩人として知られていたモリスは、『政治的正義』の著者ウィリアム・ゴドウィンの大きな影響を受けたワーズワースやシェリーといったイギリス・ロマン主義を特徴付ける個人主義的アナキズム(無政府主義)の流を強く引く人物である。彼は、本質的に反資本主義、反産業革命の立場から、諸芸術の統合という理念を掲げて、ターナー以後に画壇を支えた青年画家・詩人達によって推し進められた、ルネサンスのラファエロ以前の自然な画風に戻ろうとする「ラファエル前派」と呼ばれる芸術運動に加わった。

後にこの運動は、文学、美術、彫刻、工芸などさまざまな諸芸術を再び産業革命以前にそうであったように建築を中心に統合しようとする、まさに近代建築・デザインの先駆けとなる「アーツ・アンド・クラフツ運動」(Arts and Crafts movement)に発展する。言うまでもなくこの運動は、中世に政治権力を排した自治都市において、ギルド職人達の手で作られた東西文明の融合の一つの極致であるゴシック建築をモデルとして、先の「美術」(芸術)と「技術」(労働)の統合をむしろ目指した運動である。

モリスは、こうした資本主義以前のマニュファクチュアの職人達に近代を成り立たせていると同時に隠蔽された自由で独立的な「個人主義」に基づいた社会を回復する可能性があると考えたのである。こうした、考えは運動の中心メンバーであったラスキンやミレー、ロセッティ、バーンジョーンズの著作・作品と相俟って、明治初頭(およそ十年代)の日本の代表的な知識人である夏目漱石や岡倉天心等に強く影響を及ぼした。特に岡倉においては、英語で出版された最後の著作である『茶の本』で示された禅道、茶室のなかにゴシック建築と同様の個人主義と東西文明の融合を見ようとしたことを我々は読み取ることができる。

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