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Shota Maehara's Blog

ITによるフラット化幻想、ネット・デモクラシー幻想に警戒せよ

Posted by Shota Maehara : 8月 19, 2007

★スポンタ中村さん。昨日は、コメント頂きありがとうございました。

スポンタさんは、自由民権運動以来の民主主義を民意を代表せず、都落ちした者たちの反抗の場という側面から批判されていますね。言わんとする点はよくわかりますが、この批判では不十分です。

運動にはある生命サイクルがあります。萌芽期、成長期、高揚期、定着期、老衰期とします。おそらく、自由民権運動の評価すべきは、これが単に民主主義運動だけではなかった点です。萌芽から定着期まで、民主主義、自由主義、アナーキスト、キリスト教主義、社会主義も加わった多様な空間でした。これらがまだ分岐する前だったからでもあります。

そして私はこれこそが運動の最大の問題点だと確信していますが、「運動」はある時期から「組織」に成らねばなりません。組織なき所に、運動の広がりもありえないからでもあります。この定着期以降において、運動内部の締め付け、派閥・権力闘争いわゆる排除の論理がでてきます。

個人の多様性を保ちつつ、尚且つ組織的な連携をいかに作り上げるか。これが問題であって、民意を代表する云々は本質的な問題ではない。少なくとも私は民意を代表するなどというおごりは口にしたくありません。

「リベラル」のあいまいさをご指摘なさいましたね。これは以後気をつけます。私にとって、リベラルとは、漱石や内村鑑三以来の明治個人主義をさしています。それは運動や組織や集団に加わることが個人主義を放棄する理由になってはならないという教訓から生まれました。また「教育」とはそうあるべきだからです。

さて、スポンタさんのエントリである「インターネットのフラット幻想に惑わされるな。ネットがもたらすデモクラシー幻想は不毛である」を興味深く読ませていただきました。これは声を大にしていいたいほど重要な指摘ですね。

インターネットは確かに、フラット化=平等化のきっかけを与えるが、いま現在世界の権力構造は全くといっていいほど変わっていない。むしろ、強化されている面もある。フリードマンもそのことにある程度自覚的でしたが、不十分でしょう。現在のポピュリズムに警戒しつつ、スポンタさんが提唱する「多様なアルゴリズムの並列」に賛同いたします。

ぜひ私の方でも、ご指摘のあった「トリガー論・コミュニケーション論・コミュニティー論」を今一度考えてみたいと思います。お手数ですが、この記事のURLを教えていただければ幸いです。

参考:スポンタ通信2.2 http://sponta.seesaa.net/

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コメント / トラックバック8件 to “ITによるフラット化幻想、ネット・デモクラシー幻想に警戒せよ”

  1. スポンタ中村 said

    http://plaza.rakuten.co.jp/sponta/diary/200612230000/から始まる年またぎ「コミュ論」で…。*そして、1/11からコミュニティー論http://plaza.rakuten.co.jp/sponta/diary/200701040001/http://plaza.rakuten.co.jp/sponta/diary/200612080000/http://plaza.rakuten.co.jp/sponta/diary/200612090000/http://plaza.rakuten.co.jp/sponta/diary/200612110000/*上記、アトランダムでごめんなさい。私には人気がないので、ウィキペディアがないので、総括総覧することができにくいんですね。誰か作ってくれればいいんだけど…。ま、バッシングが起きたらば、そういうのは一夜にして出来上がるんだろうけど。ご興味がつながっているようで、感謝しております。お互いの言論の乖離に、絶望されていないあなたの耐性を尊敬申し上げます。Posted by at 2007年08月19日 09:21(スポンタ通信2.2より転載)

  2. スポンタ中村 said

    Critical Horizonさま。コメントありがとうございました。上記、たくさんのURLを書きましたが、長くてすみません。ただ、それだけの分量が必要だということは、あなたにはわかって欲しい。弁証法的展開があって、それにリファレンスがある。そこにアレゴリー(寓話)が加わりながら、結論を導き出していく。それが基本的なスポンタ節でしょう。小学校6年生で理解できるようなことのほとんどは、純粋律であって、矛盾命題に立ち向かうには、そのような破断的・断定的な言説は難しい。それは、何よりも読者を自由にするために…。☆私とあなたの基本的な乖離は、以下。私は、世の中が進化しているとは思っていない。人類文明の進化の歴史は、霊的な退化の歴史でもある。もうひとつは、自他の境界領域の問題。西洋では個人の肉体が自他の境界領域であるが、東洋では必ずしもそうではない。たとえば、地下茎で繋がれている植物など、どこまでが個の境界領域かという問題は微妙ではないか。種の保存という前に、植物という個においても、境界領域が存在するのなら、その定義はいささか複雑。いわんや人間おや。という感じです。そのような基本的な定義についての違和感を払いのけながら、お接しいただければ幸です。ありがとうございました。Posted by at 2007年08月19日 09:35(スポンタ通信2.2より転載)

  3. スポンタ中村様。URLを教えていただきましてありがとうございます。私は、互いの言論の乖離に絶望などしていませんよ。むしろ、スポンタさんが対話を続けてくださることの方に感謝しているくらいです。差異こそ最も尊重されるべきものですから(礼)。ありがとうございます。

  4. Gitarcla said

    あんまり深くは理解でいていないのですが興味があって読ませていただいております。 また訪問します。

  5. ★インターネットの登場によって、社会のフラット化=平等化がもたらされるという意見が一部ジャーナリストにあります。だから、ネットがもたらす民主主義は素晴らしいと。 ★この主唱者はgoogleです。だから、googleの寡占状態の下での平等だという但し書きが付きます。彼らのアルゴリズムに引っかからないサイトやブログは存在しないに等しいと彼らは言う。これは果たして民主主義でしょうか。 ★民主主義はギリシャの昔から衆愚政治(ポピュリズム)に陥いりやすい。しかし、現在はカリスマの下で愚かな大衆があおられるというのではなく、映画「マトリックス」みたいに、人間が仮死状態に眠っていて、その人々からエネルギーを吸い取りつつ統治しているのは「システム」であるというモデルかもしれません。 ★この状況を何とか打開しなくてはいけないなと考えております。 ★コメントありがとうございました。

  6. スポンタ中村 said

    グーグルは一切の対話を拒絶する、衆愚の権化です。グーグルの欠点・罪については、ある出版社さんが興味を示してくれたようで、企画が検討されることになりました。グーグルの欠点を指摘する中から、あるべき言論世界が構築できればいいなぁ…。と、思っています。

  7. ★スポンタ中村さん。コメントありがとうございます。★グーグルの数学的民主主義は、確かに近代の実証科学の一つの行き着いた結論であるかもしれない。無人システムという理想形。★しかし、民主主義の形は一つあればいいというのではなく、二つ三つと多様にあっていい。むしろその方が望ましいと思う。★そして「対話」の大切さについては、もう少し考えたいという気がしています。★出版の企画が持ち上がっていることは素晴らしい朗報ですね。私も励みになります。スポンタさんははやく自分の考えを書籍という形でまとめるのがいいと私も思っていました。出版までこぎつけるのは山あり谷ありでしょうが、頑張ってください。応援しております。

  8. スポンタ中村 said

    出版において重要なことは、編集者の対話の中で、私の言論がほぐれていくことです。それは、いま、ここであなたとやっていることと、同じようなものですよね。まずは、グーグル。次はインターネット。次は、市民参加型ジャーナリズム。そして、民主主義。そして、冬のソナタ。コミュニケーション&コミュニティー論。スピリチュアリズム。…先は長いようです。(^^;)

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