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Shota Maehara's Blog

第2部 「ザ・フェデラリスト」の教訓

Posted by Shota Maehara : 8月 16, 2007

こうした韓国政治のダイナミズムはあたかもアメリカのデモクラシーの実験に比されるかもしれない。一八世紀のアメリカでは、独立宣言以来保たれていた州の自治権を放棄し、一三州の連邦から成る中央集権的な政府を作ろうと試みていた。確かにヨーロッパの専制を嫌って独立したばかりのアメリカ人にとって、再びそこに戻るような試みには心理的に抵抗があった。ただそれでも、諸州の派閥の弊害と国の安全保障上の脅威は今や誰の眼にも蔽いがたかったのである。

そこでこの統一的な政府の実現を話し合うために一七八七年にフィラデルフィアで憲法制定会議が開かれた。ここで作られた憲法案の意義を人民に説明するために発表されたのが有名な『ザ・フェデラリスト』(The Federalist Papers)である。かつてデモクラシーは独立した権限をもったそれぞれの州の中で自治的に営まれてきた。それだけに政治家はあらたな中央集権制のもとでデモクラシーがより実現されることを示す必要があったのである。彼らのレトリックは、人民を国家権力の源泉として担保しながらも、その民意が正しく反映されるのは直接民主政よりも議会制民主主義であることを巧みに説いたことにある。そしてそれによってアメリカ合衆国憲法が制定される運びとなったのである。

しかし、こうした派閥の解消や安全保障上の脅威を背景にした中央集権体制への移行には、今日の目から見て一つの落とし穴がある。つまり人民の名の下に国家権力が拡大する余地を憲法が与えてしまったことである。後のアメリカ政治の伝統においてもこれは「共和主義」と「連邦主義」の間の相克として残った。たとえば、かつての地方分権制の下では組合、教会など地域での市民の自発的な活動がデモクラシーを体現していた。それがいまやは選挙その他で選ばれた政治家や官僚によって上から抑圧される可能性がでてくる。

もちろんこれはアメリカ型の大統領制ばかりでなくイギリス型の議院内閣制を採る国にも当て嵌まることである。ただここで認識しておくべきなのは、イギリスのように王制という中心がある国は地方分権的な要素を残す形で近代化し、逆に独立した州の連合体から出発したアメリカは強力な中央集権体制を作ることで近代化したという逆説である。これには、その国が近代化した時期とスピードそして何よりも地政学的な位置が大きくかかわっている。にもかかわらず今日に至ってもイギリスが中央集権的でアメリカが地方分権的だと多くの人が信じている。ここには近代が生んだ歴史観の歪みがある。

いずれにしても初期合衆国においてエリートや議会制民主主義による弊害も、様々な中間団体の活動が政治への自発的参加を人々に促し、政治を市民が裏支えしている限りまだ表面化することはなかった。だからこそ一八三〇年代にフランスから来たトクヴィルはアメリカにデモクラシーの未来の姿を見たのである。だがこうした歴史が忘れられるにつれ、民衆が抱く理想的な民主国家というイメージと、ますます中央集権化する連邦政府の現実の姿とは大きくずれが生じ始めていた。

同様に、韓国政治の今後を占う最大のポイントは、まさしく、この民主主義と中央集権制のバランスをいかに保つかというアメリカ政治の最大の論争点と重なり合う。つまり、中央権力に対して市民の自発的政治参加、異議申し立てといった民主主義に不可欠な政治風土を今後も守り育てていけるかどうかにかかっている。そのためには市民が政治参加するための言論や運動の仕組みを独自に創り上げていかなければならない。

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