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Shota Maehara's Blog

 資本制経済と人文学の復興

Posted by Shota Maehara : 8月 4, 2007

「人文学」(humanities)とは、すなわち「人間学」である。それは「人間とは何か」という視点から、人間と人間との関係、人間と自然との関係を考えることだ。前者は社会となり、後者は環境となる。それは今日の人文科学、社会科学、自然科学にかかわる包括的な学問といえる。

だから私は、文学や哲学や歴史などが凋落した現状を残念に思う。それはもちろんある種の経済発展の帰結だろうが、IT時代に「人間とは何か」という問いかけを止めることなど果たしてできるのだろうか。

百科全書派のようにあらゆる物事に対する知的好奇心をもつためには、まず「考えること」を一人一人が学ばなければならない。考えることなくして知的好奇心などもてるわけがない。それはなによりも哲学の役割であろう。

そして、理論は必ず事例(データ)によって試されねばならない。これを与えてくれるのが、文学であり、歴史である。かくしてはじめて、ある理論は確からしいものとみなされる。しかし、現代はとりわけこの事例を通して思考が鍛えられるというプロセスを失くして久しい。

加えて、現代は中世と異なり経済がすべての中心となる時代である。つまり、すべての富が商品の集積としてあらわれ、貨幣を媒介として、見ず知らずの人々が売り手と買い手として出会う。このことによって、社会は共同体から、都市へ、そして国家へと組み換えられて行った。マルクス以後もこの力が変化の本質でありつづけるだろう。

我々はこうした現実を踏まえた上で国家による抑圧、戦争、環境破壊に対処していかねばならない。それには澄んだ瞳と知恵が必要だ。一方で「人間とは何か」という問いを胸に秘めながら、他方で日々、経済によって動く人々の欲望を捉えきらなくてはならない。かくして経済学と人文学は、未来へ向けて一つに融合し、ここに「経済人文学」(The Economic Humanities)が誕生するのである。

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