ノーベル文学賞 ヘルタ・ミュラー氏に寄せて
投稿者: akizukiseijin : 10月 11, 2009
ノーベル文学賞 ヘルタ・ミュラー氏に寄せて 2009.10.11 08:41 □藤田恭子(東北大大学院准教授)
ノーベル文学賞受賞が決まったドイツの女性作家ヘルタ・ミュラーさん=04年5月(AP)

幾層にも重なる抑圧を際立たせた
ドイツ語による文学は、ドイツやオーストリア、スイスだけでなく、東欧諸国にも存在する。中でもルーマニアは、1989年のチャウシェスク体制崩壊により多数のドイツ系住民がドイツに「帰還」するまで、規模も作品の質も群を抜いた存在だった。ヘルタ・ミュラーは、そんなルーマニア・ドイツ語文学を代表する作家の1人だ。
鉄のカーテンの向こう側で、西側に知られることなく育(はぐく)まれたドイツ語文学の土壌は抑圧の陰を深く帯びている。国民は秘密警察に徹底的に監視され、逆らえば報復された。ミュラー自身、秘密警察への協力を拒んだために職場を解雇されている。さらに国内のドイツ系マイノリティーは、ナチ体制下のドイツに協力しホロコーストを担ったとして「共同責任」を問われ、ソ連領への移送と強制労働、資産の没収などを経験した。だが、ミュラーがルーマニアのドイツ語作家の中で傑出した存在となったのは、社会主義体制下のマイノリティー集団内部にも存在した更なる抑圧の構造に目を向け、鋭く切り込んだことによる。
ミュラーが生まれたのは、バナートとよばれるハンガリー国境に近い地域だ。82年の処女作『どん底』では、バナートのドイツ人村の日常を子供の目で淡々と描き大きな衝撃を与えた。そこには、暴力と憎悪が渦巻く大人たちの日常と、その中で当惑し出口を見いだせない子供の姿があった。ミュラーは、抑圧が社会全体に幾層も積み重なる様を、凝縮された短文からなる小編を連ねる手法により鮮烈に描き出し、その不条理を際立たせることに成功したのである。
87年にチャウシェスク体制を逃れて西独に出国し、現在はベルリンを拠点に多くの作品を発表している。近作では、同じルーマニア出身の詩人オスカー・パスティオールの体験を基に戦後のルーマニア・ドイツ人強制収容を取り上げ、新たな境地を示している。日本では97年、小説『狙われたキツネ』が山本浩司氏の訳で紹介されている。今回の受賞は、領土的範疇(はんちゅう)に収まらない文学の営みの可能性を改めて認識する契機になろう。
(http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/091011/acd0910110843002-n1.htm)